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英日特許翻訳者(バイオ・医薬系)のブログ
訳語確定の試行錯誤

モダリティとmodality

どんな業界にも、「専門用語」ってありますよね。

その業界にいれば当たり前だけど、外からみると何それ?となる言葉。

ここ1週間くらい、医療機器関連の学習を進めています。

今日はその中で出会った、「モダリティ」という言葉についてご紹介します。

 

医療機器で使用される「modality」とは

昨日、医療機器に関する対訳学習でしょっぱなからこんな文章に出会いました。

The present disclosure relates generally to imaging and mapping vascular pathways and surrounding tissue with photoacoustic and ultrasound modalities. (WO2017168289より)

これは、IVUS(血管内超音波)という手法を用いて、血管に細いプローブを通し血管内とその周辺組織の観察を行う装置に関する明細書の一文です。

IVUSに関しては、こちらのpdf資料がわかりやすいです。

ここでは申し訳ないですが、説明を省きます。

 

この文章、私はこう訳しました。

本開示は、一般に、光音響モダリティ及び超音波モダリティを用いた血管経路及び周囲組織のイメージング及びマッピングに関する。

対して、公開訳はこうなっていました。

本開示は一般に、光音響様式及び超音波様式を用いて血管経路及び周囲の組織を画像化及びマッピングすることに関する。(特表2019-509861)

この対訳を見たときに、私は違和感を感じました。

modalitiesは「モダリティ」ではないのか?と。

 

というのも、この1週間あまり、嫌と言うほどこの「モダリティ」という言葉を見てきたからなのです。

例えば、次のように明細書の「背景技術」にかなりの割合で登場してきました。

近年、被検体の検査を行う場合に、被検体の内部情報を収集し、この収集された情報に基づいて被検体内部を画像化して医用画像を生成するモダリティが用いられることがある。(特開2019-42247)

辞書でmodalityを引くと、確かにだいたい一番上に「様式的[形式的, 外形的]であること」と出てきます。

ただ、例えば「ビジネス技術実用英語大辞典(V6)」にはこのように記載があります。

様式[形式]的であること, 様式性, 形式性; a ~ (pl. -ties) モダリティー, 様相, レントゲン[X線, 放射線, 医療用]撮影装置, 物理[理学]療法

◆ digital imaging modalities such as CT and MR scanners 《医》CTスキャナやMRスキャナなどのデジタル画像診断装置

企業のHPにも、モダリティについて解説がありました。

モダリティは、医療機器の分類や様式という意味ですが、医療現場では主にCTやMRIなどに代表される医用画像を撮影する装置のことです。
以下がモダリティの例です。

  • CT:コンピュータ断層撮影装置
  • MRI:磁気共鳴診断装置
  • DR:デジタルX線撮影装置
  • CR:コンピュータ・ラジオグラフィ
  • XA:血管造影X線診断装置
  • US:超音波診断装置

株式会社リベルワークスHPより)

これらを少し前にまとめていたので、対訳の「光音響様式及び超音波様式」には違和感を感じました。

「modality」=画像診断装置の意味を少し考える

modalityのもともとの意味は、modal(様式の, 方式の, 外形の, 形態上の)から派生した「様式的であること」でしょう。

ここから、なぜ「医療用画像診断装置=モダリティ」と呼んでいるのか、とても気になりました。

この先は完全に憶測になります。

辞書をよく見ると、modalityには、「(視覚・聴覚などの)感覚組織[形式], 感覚の種類」といった意味もあります。

このあたりが関係ありそうだな、と思った時に、次のwiktionaryの記載を見つけました。

モダリティ

計測、限界、方法、手段、様式。
(生理学)視覚、聴覚、触覚などの五感や感覚。また、それらを用いて外界を知覚する手段のこと。また、それらの感覚に働きかける人工的な情報伝達手段。
(医療)治療手段や方法。また、CTやMRIなどの医療検査機器の単位。
(言語学)法性、様相性。

この、「それらの感覚に働きかける人工的な情報伝達手段」というところにヒントがあるな、と思いました。

画像診断装置は、X線や超音波などを体へ向けて発信し、その信号を画像化する装置です。

この意味において、「感覚に働きかけてそのフィードバックを得る装置」ともいえますね

更に違う表現をすれば、

私たちが知りたいメッセージを体が聞き取れる言語に「翻訳」して「調子はどう?」と問いかけて、その答えをまた画像装置が読み取れる言語に「翻訳」することで、私たちは体の発したメッセージを知る。

そういうところから、この手の画像診断装置を情報伝達手段としての「モダリティ」と呼ぶのかなと思いました。

 

違和感の第2波がやってくる

画像診断装置で出てくるmodalityはモダリティでいいんですね、めでたしめでたし。

さて次の文章の検証に移ろう。

 

・・・と思ったんですが、ちょっと立ち止まってしまいました。

なぜ立ち止まってしまったのかというと、

この明細書で出てくるmodalityは「装置」を指していないのでは?であれば「方法」「手段」の意味で訳した方が適切なのでは?という疑問が湧いてきたからです。

例えば同じ明細書に、次のような一文があります。

In particular, the communication system 250 may switch between ultrasound and photoacoustic modalities on the sensor array 128.

(公開訳)具体的には、通信システム250は、センサアレイ128上の超音波様式と光音響様式との間で切り換わる。

下記は明細書の図面です。

ひとつの装置上に、超音波発信部分(ピンクの箇所)と光音響効果をもたらすレーザーを発信する箇所(青い四角の箇所)があります。

それらを切り替えて、2つの画像取得方式の「いいとこ取り」をしている装置です。

モダリティは、医療業界では「画像診断装置」のことを指しています。

この明細書の場合、「装置」はひとつで、2つの異なる「方式」で画像のもととなる信号を送受信することになります。

なので、この明細書ではやはり「方式」にするのが良いのでは?と思ったのです。

 

うーん。

とうなっていても仕方がないので、いろいろ調べました。

この明細書の中での使われ方、他の明細書での使われ方、英語側での「modality」の使われ方。

そして最終的には、モダリティと訳すべきだろうという結論を得ました。

 

明細書では、「装置」の意味ともとれるし「方式」の意味ともとれる箇所が混在していました。

例えば下記の「other suitable modalities」には画像化のためのセンシング手段として圧力や流量、温度まで挙げられているので、ここは明確に「方式」を示していると思われます。

In various embodiments, the one or more sensors 106 correspond to sensing modalities such as IVUS imaging, pressure, flow, OCT imaging, transesophageal echocardiography, temperature, other suitable modalities, and/or combinations thereof.

(公開訳)さまざまな実施形態では、1つ又は複数のセンサ106が、IVUS画像化、圧力、流量、OCT画像化、経食道超音波心エコー検査、温度、他の適当な様式及び/又はこれらの組合せなどの感知様式に対応する。

他の英文の明細書では、おおよそ「装置」を示しているものが多かったです。

 

最後に、「装置」じゃないのにモダリティと訳していいのかについてです。

使われ方を検索して見ていくと、どうも「装置」に限ったわけではなく、当業者は「画像診断の手法」まで含めて「モダリティ」という言葉を使用していることがわかりました。

例えば、下記は論文の抄録部分からの引用です。

光音響効果を利用した測定手法である光超音波イメージングは,光吸収をコントラストメカニズムとする深さ分解計測可能な新たなモダリティ(診断手法)として期待されている.

そのため、この明細書のmodalityも「モダリティ」と訳す方が適切であると判断しました。

 

言葉に対する景色が変わる、ということ

類似特許でのmodalityの使われ方と訳し方を調べる際に、対訳収集ソフト「E’storage」で収集していた対訳を「探三郎」で全文検索していました。

そのときに、「そこにあってはならない」ファイルを見つけてしまいました。

 

それは、私が過去に真剣に真剣に一文ずつ翻訳して、それをしばらくしてからさらにまた一文ずつ見直したファイルでした。

それなのに、私は1週間前にこの単語に初めて遭遇したと思っていたのです。

当時この単語には全く意識が向いていませんでした。

なのでやはりこの当時は、「方式」として訳していました。内容からすれば、「モダリティ」が適切です。

 

その時と今、明らかに「modality」という言葉に対して感じる「景色」は変わっています。

この積み重ねで、目の前に広がる景色はどんどん変わっていくのでしょうね。

 

まとめ

医学関連で「モダリティ」が出てきたら、ちょっと立ち止まってみてください。

それは、画像診断装置のことである可能性が高いです。

 

当業者と感覚を近づける、そのためには「言葉が使われている文脈」をきちんと把握する必要があります。

辞書の下の方にヒントが眠っている場合もありますが、用例をとにかく集めて、分析してみるのが有効です。

例えばこのモダリティという言葉も、違う文脈ではもちろん違う色彩を含みます。

用例.jpで検索するとこうなります。

 

言葉の海に潜るのは楽しいですね。

でも、気がついたら沖に流されて、目的地から遠く離れていた!なんてことにならないように、気をつけましょう!(自戒を込めて・・・)