読書

翻訳者になるには?と考える前に読みたい本 ー「翻訳とは何か : 職業としての翻訳」

こんにちは、asaです。

今日は、これから翻訳者を目指す方に是非読んで頂きたい本をご紹介します。

 

それが、「翻訳とは何か: 職業としての翻訳」という本です。

この本には、翻訳の本質と、それを職業にするというのはどういうことかが書かれています。

 

この本を読んで、翻訳を仕事にしたい!という気持ちを新たにする方だけでなく、

「やっぱり他の道を探そう」と思う方もいらっしゃるかもしれません。

 

この本は、あなたの「翻訳」に対するイメージを変える本です。

 

「翻訳とは何か」はどんな本か

まず、「翻訳とは何か: 職業としての翻訳」とはどんな本なのか、簡単にご紹介します。

本の概要

著者は翻訳家の山岡洋一さんです。

「自由論」「国富論」「ビジョナリー・カンパニー」など、経済関連の訳書を多く手がけた方です。

そしてこの本が出版されたのは2001年なので、決して新しい本ではありません。

(amazonでも中古本でしか手に入らない状態です。興味がある方はお早めにどうぞ)

 

この本は、以下のような内容で「翻訳」と「職業としての翻訳」に切り込んでいます。

  1. 「原語と訳語の一対一の対応は不可能」という認識が翻訳の基盤であることを、訳出スタイルの異なる文章実例から説明
  2. 歴史上の「翻訳家」の仕事に取り組む姿勢とその成果から、現代の「職業としての翻訳」を考える
  3. 「英文和訳」と「翻訳」との違いは何か。「翻訳」の技術はどのようにして磨かれるのか
  4. 現代(2001年頃)の職業としての翻訳の市場と翻訳者の適性についての考察

 

私は実務翻訳者で、この本も実務翻訳の視点で読みました。

筆者は出版翻訳者であり、さらに出版されたのは2001年ですので当てはまらない部分も当然あるのですが、実際はほとんどそのまま2019年現在の実務翻訳に当てはまる内容です。

それだけ、この本が本質に触れているとも言えますし、業界全体が変わっていないとも言えますね。

 

著者の「問題意識」

この本は、著者の「ある問題意識」のもとに書かれた本です。

それは、

  • (言葉の置き換えではなく)翻訳のできる翻訳者が少なすぎる
  • 翻訳を甘くみている・翻訳の適性のない「翻訳者になりたい人」が増えている

ということです。

ですので、全体的にかなり厳しめの口調でバッサリとその当時の翻訳業界の問題点を指摘しています。

例えば・・

あなたでも出版翻訳者になれる」と言われて腹が立たないのであれば、言語感覚が鈍いといわざるをえない。この程度の言語感覚では翻訳はできない

(「翻訳とは何か」p.217より)

そして、

翻訳とは学び、伝える仕事である。学ぶのは伝えるためだ。伝えることに全責任を負う仕事である。三十歳を過ぎて、学校に行けば教えてもらえると考えているようでは、翻訳はできない

(同 p.224より)

などです。

翻訳の本質を理解して、使命感を持って上質な翻訳を行う翻訳者を増やしたい、というのが著者の願いであると感じました。

 

このあたりの著者の思いは、次の記事にもまとめられています。

山岡洋一が怒る 翻訳は簡単な仕事じゃないんだ

 

そして私はこの記事を、受講しているレバレッジ特許翻訳講座の動画メルマガで知りました。

該当の動画メルマガはyoutube化されていましたのでご紹介します。

興味のある方はどうぞ(こちらも「バッサリ」系ですので視聴は自己責任でお願いします)。

【翻訳講座】第10期について(受講検討中の方へ)

翻訳とは何か

翻訳ってなに?と小学生に聞いたらなんと答えるでしょうか。

身近に小さな子どもがいないので試せないのですが、自分自身が小学生だったら恐らくですが、「外国語を日本語にすること」などと答えると思います。

 

それでは今、翻訳者になってから「翻訳とは何か」と聞かれたらどう答えるだろうか、と改めて考えました。

今の私は、翻訳とは「原文の意図と意味を正しく理解して、文章の形で読み手に確実に伝えること」と答えます。

 

翻訳とは学び、伝えること

それでは、著者の考える翻訳とは何でしょうか。

先ほどの引用箇所にも出てきましたが、翻訳とは「学び、伝える仕事」であるというのが著者の「翻訳」の定義です。

少し長くなりますが、本の内容を引用します。

翻訳とは、原文の意味を読み取り、読み取った意味を母語で表現する作業である。翻訳にあたっては、原文の意味を読み取る。理解する。そして、翻訳は学び伝える仕事である。学んだ内容を伝え、伝えるために学ぶ。力のある翻訳者なら、この過程で、どんな専門家もかなわないほど、深く理解する。

(同 p.100より)

 

「学んだ内容を伝え、伝えるために学ぶ」というのは、とてもシンプルな言葉ですがここに翻訳の本質が詰まっています。

翻訳に一番大切な技術は何かというのがよく話題になりますが、これも「伝える」が翻訳の最終目的であるという視点から考えると、答えは見えてきます。

本の中で話されている「翻訳に必要な技術」の分類は一般的に考えられているものと同じです。

つまり、

  1. 外国語を読む技術
  2. 内容を理解する技術
  3. 日本語を書く技術

の3つです。

 

この中で、「伝える」という目的のために最も重要な技術はどれでしょうか(和訳を前提として考えてください)。

いくら外国語ができても、そして内容を完全に理解していても、日本語として適切に表現されていなければ「伝わり」ませんよね。

ですので、最も重要な技術は「日本語を書く技術」です。

 

ここまではすんなりと納得しました。

ですが、この本には「日本語を書く技術」の重要性が別の理由から述べられています。そしてこちらがとても重要な理由です。

この理由、実をいうと私は一回で理解できませんでした。

 

こちらが「日本語を書く技術の重要性」のもう一つの理由です。

日本語を書く技術が高ければ、それに見合った水準まで、外国語を読む技術と内容を理解する技術も高まっていくのが通常である。 

(同 p.141) 

 

なぜ、日本語を書く技術が高ければ、外国語を読む技術と内容を理解する技術が高まるといえるのか、すっと理解できますか。

著者はこの文章の後で、その理由についてこう述べています。

日本語を書く技術が高いほど、内容を深く理解しようとする欲求が高まる。内容を深く理解して納得しなければ一語たりとも書けなくなる。だから、内容を理解するために努力するようになる。翻訳に取り組む分野に強い興味をもつようになるので、情報も自然に集まる。

(同 p.141)

 

内容を理解したい、と思えばもちろん勉強しますし、今まで気にならなかったものが「情報」として目に飛び込んできますよね。

「日本語を書く技術が高いほど、内容を深く理解しようとする」の部分の「日本語を書く技術」については、私は「論理的に書く技術」と解釈しました。

 

というのも、「日本語を書く技術があれば訳文の違和感に気づける」という説明がされていたからです。

本の中に、「この交差点では定期的 (periodically)に事故が起こる」という例文があります。

この文を見たときに、

「いやいや、定期的に事故が起こるって・・・事故は偶然 (accidentally)に起こるから事故でしょ?」と思えるかどうか、という話です。

 

これはやはり、語彙力というよりも論理力の問題だと思います。

日本語の文章を図解化できるくらいに理解してそれを表現できる能力があれば、原文を同じく論理的に理解しようとします。

理解できない部分は調べようと思いますし、仮に原文の理解が間違っていた場合、日本語側からその間違いに気づけます。

そのため、翻訳に一番大切な技術は「日本語を書く技術」であると言えるのでしょう。

 

 

村田蔵六に学ぶ、究極の翻訳者像

「伝える」ために深く深く学んだ翻訳者は、専門家を凌駕するほどの知識を身につけることになります。

ドローン関連の翻訳ばかりしていたら、いつの間にかドローンを自分で作ってついでに会社も作った。

そんなことがあってもおかしくないのです。

 

この本には歴史上の翻訳家がどのように翻訳と向き合っていたかが取り上げられています。

その中でとても印象に残ったのが、幕末に活躍した村田蔵六(大村益次郎)の話でした。

 

村田蔵六は、村医者の息子として生まれ、医学を学ぶために蘭学を学び、藩の要請に応じて兵書の翻訳を始め、兵学をマスターし、ついには軍を率いて名将と呼ばれるまでになった人物です。

村田蔵六は「原文の意味を理解して、伝わる日本語にする」という本当の翻訳を長年続けていて、そこから兵学の神髄を学び取ったのでしょう。

本の中でも、村田蔵六が歩兵の動く様を目に浮かべながら翻訳をしていて、それが何よりの楽しみだったというエピソードが紹介されています。

 

情景が目に浮かぶレベルで学んで、しかも楽しんで翻訳をする。

そして究極的にはその分野の専門家として活躍することもできる。

 

翻訳が地味な裏方仕事であるのは事実です。

ですが、その中でも学ぶ楽しさや翻訳者としての使命、そして翻訳者の枠を超えた可能性など、村田蔵六の翻訳への取り組み方は、現代に生きる私たちの参考にもなりますね。

 

職業としての翻訳とは

翻訳者になりたい、と思う方はどちらかというと「英語(語学力)を活かした仕事がしたい」という方が多いのではないでしょうか。

そしてそれは、「人よりも相対的に語学ができるから」「自分のスキルの中では語学力が一番高いから」ではないでしょうか。

 

私自身もそうでした。

なんとなく「翻訳者になりたい」と思ったのは中学生の頃で、単に英語のテストの成績がよかったから、がその理由でした。

それから「翻訳者になりたい」という気持ちは表には出てきませんでしたが、どこかでずっと引っかかっていました。

そして何だかんだで、数ヶ月前に翻訳者になりました。

 

翻訳者になるのは難しいかもしれません。

ですが、「翻訳者として継続して生計を立てていく」のは「なる」よりももっと難しいことだと実感しています。

 

生計を立てていくには、ある程度の収入が安定して見込める状態にならなくてはなりません。

ですがそれは、漠然と「とりあえず頂いた仕事をこなす」だけではとても達成できないからです。

どのように自分のスキルを高めていくか、リソース(時間やお金)をどこに投入していくのかが常に問われます。

 

「翻訳が好き、だから仕事にしたい」という方がいらっしゃれば、まずその現実を理解した上で具体的なアプローチを考えた方がよいでしょう。

この本にも、かなり具体的なアドバイスも含めて「職業としての翻訳」について書かれています。

例えば、

  • 翻訳者への道が開けるかどうかはある程度「運」が左右することを覚悟する
  • 立ち上げるまでに2年はかかる
  • 分野をある程度絞るべき(学んだことの蓄積効果のため)
  • 付き合う翻訳会社を選ぶ
  • 「在宅」であれば集中して仕事ができるとは限らない

などです。

2001年出版の本ですが、今にも通じると思います。

 

そして個人的には、学び続けるという覚悟が一番大切なのではないかと思います。

努力してある分野の専門家になったとしても、ずっとその分野の仕事があるとは限りません。もちろん、専門分野の情報を常にフォローしていく必要もあります。

私自身はまだまだ学ぶことが膨大にあるフェーズにいるので毎日必死で勉強していますが、何年かして「だいたいわかってきた」時、それでも貪欲に学ぶ姿勢があるかどうかで、その後の運命が決まってしまうだろうなと思っています。

 

まとめ

翻訳とは何か: 職業としての翻訳」から、「翻訳とは何か」「職業としての翻訳とは」をテーマにお話しました。

翻訳とは、「学び伝える」ことです。

そのためには日々学ぶこと、そして伝える技術を磨いていくことが大切です。

 

一生学び続けなければならない仕事であることを理解した上で、

原文を深く理解すること、そして伝わる日本語で書くことに楽しみを見いだせる人には、願ってもない仕事です。

ここでは触れませんでしたが、本の中では王道の学習方法についても触れられています。

「翻訳者になろうかな」と思っている方には是非一読をおすすめします。