私について

現地採用で後悔しないためには「発想の転換」が大事だと思うお話

語学力を活かした仕事をしたい!

 

語学好き、語学が得意な方は誰もが一度はそう思うのではないでしょうか。

そう思った方がとる道のひとつが、翻訳者になるという道です。

こちらは先日の記事でまとめた通り、「憧れ」や「好き」だけではなかなか厳しい道です。

 

そしてもうひとつ、「その言語を使う国で仕事をする」という道もあります。

企業の駐在員として派遣されたり、起業される方もいらっしゃいますが、「語学力を活かしたい」と思う多くの人が選ぶ現実的な選択肢は、「現地採用」だと思います。

こちらも現地になじめない、仕事がきつい、キャリアが積み上がらないなど、「こんなはずじゃなかった」と後悔している方も多いと聞きます。

 

私もそのひとりでした。

当時は毎日のように、自分のした選択に後悔していました。

ただ最近、私は別の意味でこの時期のことを後悔しています。

それは、「自分の将来の資産を積み上げる」という発想を持っていなかったことへの後悔です。

 

この記事は過去の自分ヘ向けて、そして今現地採用でしんどい思いをしている人に、発想の転換をして「将来の資産づくり」に今の貴重な経験を活かしてほしいと思い、書いています。

 

私の現地採用時代

少しだけ、私の現地採用時代のことをお話します。

私は中国で2回、現地採用で働いていました。

 

1度目は新卒の時(2004年)。日本で就職活動をせず、直接現地で仕事を探しました。

日系の大手製造メーカーの工場での事務です。

連日夜9~10時くらいまでとなかなかハードでしたが、この時は主に社内で働いていたので、人間関係のストレスもそこまでは強くありませんでした。

 

今回メインでお話したいのは、次の2回目の現地採用の経験です。

営業向きでない後ろ向きな営業担当

私が30歳(2011年)の時のことです。

当時日本で貿易関連の仕事をしていて、ある日系商社が中国で現地法人を立ち上げるのでその貿易部門を担当してほしいというお話がありました。

その当時私は、3~4年中国の現地側で貿易の実務を学んで帰国すれば、「中国貿易のエキスパート」として30代半ばならそこそこの条件で転職できるのではないか、と踏んでこの打診に乗ることにしました。

 

ところが。

 

少し考えればわかることなのですが、立ち上げたばかりの会社です。

営業活動をして受注をしなければそもそも貿易も発生しないのです。

当時は私を入れて4名で、さらに総経理(現地法人のトップ・中国人)が唯一の営業担当だったのですが、当初日本本社と往復していることが多く、営業活動もままなりません。

ということで、

「○○さん、営業もよろしく」となし崩し的に営業も担当することになりました。

 

ちなみに私、人付き合い苦手、声が小さい、人の顔を覚えられない・・・と自他共に認める「営業には絶対向いていない人間」です。もちろん営業経験ゼロです。

商材は金属の加工などに使用される、工作機械全般です。

こちらも全くわかりません。

 

とはいえ、やらないと会社、動きません。

親会社の取引先の現地法人の御用聞きのような形からスタートし、そこから人づてで新しい顧客を紹介してもらったりで徐々に取引先を増やしていきました。

ちなみに顧客はほぼ日系(or日本人の担当)で、中国や台湾企業の工作機械(実際にはそのパーツが大半でしたが)を仕入れて販売していました。

 

時折、本社から敏腕営業マンがやってきて、その顔の広さでとりあえず1度目のアポを取り、「あとよろしく!」とおいしい中華料理だけ食べて帰って行きます。

その中には自分ではまず会ってすらもらえないような大手企業も含まれています。

 

これが私にとってはかなりのストレスでした。

2回目、何をどうやって提案すればいいの?

とはいえ「これっきり」にしてしまうのは許されないし・・・

 

この当時の私の思考は、いかに「とりあえずアポ」を取って、いかに「その場を何とか取り繕って次に来る口実を作るか」でした。

時間を割いて会ってくださる客先に対して、潜在的なニーズを発掘してメリットとなる提案をする。会社の売上に貢献する。

そういう気持ちをほとんど持たず、ただノルマをこなすように対応していました。

 

ずっとどこかで、「私は仕方なく営業をやっている」という気持ちがあり、その環境でいかに自分の能力を高められるかを考えていませんでした。

 

多重板挟み状態のストレス

現地採用者が直面する大きなストレスの元として、「日本本社と現地スタッフとの板挟み」がよく話題になりますね。

(日系でない会社や、中国以外だとまた状況は異なるかもしれませんが)

 

現地の状況を知らない日本のお偉いさんが、鶴の一声でこちらに指示しても現地スタッフは動きません。

そして実際に現地スタッフに指示をする現地採用者は、現地スタッフから非難され、さらに「なぜできない?」と日本側からも非難されるという形になりがちです。

これは実際に私も何度も体験しました。

 

さらに、業務上一番きつかったのは「日系顧客と現地ベンダー間の板挟み」です。

日系顧客も、「そこそこの品質」であることを理解して現地製の商品を買うわけですが、「そこそこ」の理解が顧客と現地ベンダーで大きく異なるとあとで大変なトラブルになります(なりました)。

もちろん、契約前にスペックを確認したり現物を見たりテストをしたりします。ただその時によくても実際に搬入された機械が「はずれ」で、検収でもめにもめることがあります(もめました)。

そうならないように検収条件があるわけですが、当初そこまでトラブルを見越して動くということができておらず、最後の方でようやく経験値も上がって、「ここはちゃんとやらんとまたもめるな」というところがわかってきました。

 

その他、本社内の権力闘争に巻き込まれたり、中国人の総経理の動向が気になる本社のお偉いさんが私を経由して探りを入れてきたり(日本人は私1人だったので)、現地スタッフ間のケンカの仲裁をしたり・・・

まあいろいろありました。

 

ちなみに営業だけでなく、「本職」の貿易関係、総務、人事なども私の仕事でした。

業務量の多さ、上記のもろもろのストレス、さらに顧客、取引先、どちらも土日問わず電話を掛けてくるのでゆっくり休める時はありませんでした。

夜な夜な叫びながらクッションを壁に投げつけるという奇行に至って、「これはもう無理だな」と思い、予定より早く、2年ちょっとで帰国することにしたのです。

 

今感じる「後悔」とは

私が今感じている後悔とは、

現地採用で働いたことや、この会社を選んだことではなく、

置かれた環境で自分を高めようとしなかったこと、

そして「恵まれた環境」を将来のための資産作りに活かさなかったことです。

 

後悔1:営業のスキルを学んでおくべきだった

絶対に、何があっても、死んでもやらないと思っていた営業の仕事。

私は最後まで、「向いていない」「嫌だ」という気持ちを引きずったまま営業の仕事をしていました。

もちろん、頂いた案件は全力で対応しできることはやってきましたが、「この機会を利用して営業のスキルを高めよう」という気持ちを持っていませんでした。

 

提案力、交渉力など営業業務を通じて得られる能力は、企業での営業職に限らず、個人でビジネスを行う場合はもちろん、例えば買い物や婚活など、自分と相手の生活を豊かにするためにも使える汎用性の高いスキルです。

 

「この機械が必要っていうことは、あの消耗品もいるんじゃないか」とか、

「このお客さんが今これを必要としているってことは、あの会社も同じような状況じゃないだろうか」とか、

いろいろ考えて試行錯誤を繰り返すことができる、格好の学び場の中に私はいました。

 

これは営業職にかかわらず、どんな仕事でもそうだと思います。

だいたい、自分がやりたくて仕方のなかった仕事にありつける人の方が少ないでしょう。

そんな環境でも、「お金をもらって勉強している」と発想を切り替えて、さらに「将来のために今何を学んでおくべきだろうか」と日々考えていれば、同じ仕事をしていても得られるものは桁違いだと思うのです。

 

後悔2:恵まれた環境を資産化しようとする考えがなかった

当時、私は自分の置かれた環境は「とんでもなくひどい」環境だと思っていました。

 

でも、実は私はものすごく恵まれた環境にいたのです。

仕事上でお会いする方々は総経理だったり、工場長だったり、日本でも部長クラスの肩書きがつくような方々が多かったのです。

実際に一緒に食事やイベントにいって仲良くして頂いた方もいらっしゃいます。

特に中小企業の社長さんで、現地で長く事業をされている方の話はとても興味深く、今でも話の内容を覚えているほどです。

また、工場立ち上げから一緒に関わって、いろんな設備が工場に入ってきて操業するまで、喜怒哀楽を共にした方もいらっしゃいました。

 

でも、私はこの時にお会いした方々とは辞めてから一度も連絡を取っていません。

それもそのはず、連絡先やら何やら、辞める時に全部会社に置いてきたからです。

そして、お会いしている時もあくまで「その場しのぎ」で話題作りをしていて、会社を辞めてからもつながるような関係作りをしようという気持ちを持っていませんでした。

 

日本であれば、30そこそこの平社員が直接取引先の上層部の方と話ができる機会はそうそうないのではないかと思います。

職種などによって当てはまらないこともあるかもしれませんが、現地採用は会社のトップに近い方々と個人的に親しくなれる可能性がとても高いのです。

直接仕事上のつながりがなくても、日本人会などの集まりで積極的に行動すれば、何かの縁が生まれることもありますよね。

 

「えらい人に取り入れ」というわけではなく、いろんな経験をされている方から、これまでの苦労話、武勇伝を聞いていろんなことを学べるチャンスというのはそうそうありません。

相手の役に立つことを心掛けてコツコツと関係作りをしていたら、もしかしたら将来どこかで、また「つながる」ことがあるかもしれません。

 

そういう「将来につながる資産」を形成しておこうという気持ちを持っていたら、違う人生があったかもしれないな、と今思うのです。

 

「全てを捨てて逃げた」人からのアドバイス

2013年10月。

私は蘇州市(の中のとある市)を去る時に、文字通り全てを捨てました

それまでの人間関係も(長く付き合っていた人含め)、一生懸命作った資料も、中国や中国語への思いも何もかも。

 

この選択自体には後悔はありません。

ただ、今思えば「こうしていればよかったのに」と思うことがあります。

同じように極限まで頑張り続けて、折れそうになっている人の参考になればと思います。

アドバイス1:話し相手を作る

アドバイス2:旅行に行く

アドバイス3:考え方を変える

 

アドバイス1:話し相手を作る

私のいた場所はそこまで田舎ではありませんでしたが、「現地採用の女性」は恐らくごくわずかでした(2年ちょっとの間で、一度もお会いすることがありませんでした)。

 

私は仕事上の悩みを誰にも相談せず、ずっとひとりで抱え込んでいました。

辞める少し前になって、駐在で来ているという同年齢の女性とお会いする機会がありました。

仕事の悩み、というより話した内容は生活上の悩みだったり笑い話だったりしたのですが、話すだけでかなり気が楽になったのを覚えています。

「同じ立場でないとわかり合えない」ということはないので、仕事を抜きにして「この人とは気が合いそうだ」という人を見つけて、とにかく話すだけでもストレスは解消されます。

 

アドバイス2:旅行に行く

そもそも旅行に行く時間がない、という方もいらっしゃるかもしれませんが、1日でもいいので、少し「戦場」から離れる時間を持つことも効果的だと思います。

私も本当にストレスが溜まった時は、とりあえず行き先のよくわからないバスに乗ったり、その辺でよくわからない食べ物を食べていたりしました。

 

ただ、私が旅行の効果を感じたのは「会社を辞めてから」でした。

会社を辞めた後、私は中国国内の今まで行きたいと思っていた場所に1ヶ月半ほどかけて旅行に行きました(雲南、四川、桂林です)。

初めて、バックパック担いで、ユースホステルに泊まって、知らない人と行動して。

素晴らしい景色を満喫しつつ「やっぱり中国好きだなー」と思いながら満足して旅を終えたら、すっかり気力・体力が回復していました。

 

もし、辞めた後でなく辞める前にもっと積極的に旅行などで環境を変えていたら。気持ちも前向きになって、もう少し多くのものを得られたのではないかと思っています。

ですので、なるべく時間を作って違う場所へ行くことを心掛けてみてください。

 

アドバイス3:考え方を変える

これは上の方の「後悔」でお話した通りなのですが、今の環境から何か学んでやろう、将来につながる土台を作っておこう、という視点を持ってみてください。

例えば、私はこの期間、日本では起こりえないいろんなことを体験していました。

 

マンションと職場のエレベーターには何度も閉じ込められました(最終的に自分で開ける方法を編み出しました・・・て恐ろしい話ですが)。

履歴書も持たずうちの会社が何をしているのかも知らずに夜に会社を訪ねてきて、「求人情報を見た、仕事ある?」といってくる人もいました。

 

日々、最上級の「ネタ」が目の前に転がっている世界にいるのです。

それを情報発信するなり、なんらかの形で資産にしていけば将来自分を助けてくれるかもしれません。

 

まとめ

現地採用は、一般的に「将来のキャリアにつながらない」などと言われることが多いです。

でも、今の仕事が将来のキャリアにつながるかどうか、なんて誰にもわかりません。

 

大切なのは、自分の置かれた環境の中で「何が将来につながるだろうか」という発想を持って、日々できることを精一杯するという考え方だと、今になって思います。

その努力が、将来どこかで「つながる」はずです。