私について

こじらせ女子の半生

ご注意ください

この記事は、とあるこじらせ女子の長い長い独白です。「いかにして人はこじらせるのか」を研究したい人以外は、時間の浪費になる可能性があります。途中で気分が悪くなっても責任は負えませんので、ご了承ください。

はじめに:私のこじらせ力は53万です

ドラゴンポールに出てくるスカウターのように、
戦闘力ならぬこじらせ力を測る
「こじらせスカウター」があったとしたら、
きっと私は世界を目指せる。

絡まったひもを解こうとして更に絡まる
どうしようもない「こじらせ」の正体に、
見て見ぬふりをしていた過去に、
昨日ようやく向き合った。

こんなトンデモ文章を公開するリスクは承知。
それでも、
チラシの裏に書いておくだけではもはや昇華できない、
この感情を書き残しておく。

さすがにシラフだと書けない(酒で酔ってはいないけど)ので、
こんな感じで失礼します。
にわかに信じがたい話が出てくると思うので、
フィクションだと思って楽しんでいただければ。

動機:私は旅に出たい

英雄の旅という分厚い本を読んだ。

この本は簡単に言ってしまえば、
自分の神話=成功ストーリーを作るための教科書だ。
できれば、こちらの記事を読んで頂いた方がわかりやすいかもしれない。

年齢的にも、成長のステージ的にも、
すでにクリアしていないといけない「準備」のステージ。
私はそこでちゃんと準備できていないのに、
つまり、人間的にちゃんと成長できていないのに、
夜逃げするように旅に出ようとしていた。

もちろん完璧な人間なんてないし、ここで話すことは
他の人から見たら本当に取るに足らないことかもしれない。

ただ、自分でも気づかなかったこと、
そして気づいていたけど「ふたをしていた」こと。
これを「成仏」させないと、「本当の人生」という旅に出られない。

「英雄の旅」のアーキタイプごと、話していく。

「孤児」その1:認めてほしい

 

アーキタイプ:孤児

親をはじめとする庇護者からの遺棄など、辛い経験を経てそれを受け入れ、自分を癒し、仲間ともに相互依存の関係を築く、自我形成に必要なプロセス。

孤児のレベルが高まらないと、下記の状態に陥りやすい
・必要以上の悲観主義
・犠牲者の役割に甘んじて他人の罪悪感につけこむ
・援助を受け入れない

英雄の旅には、
各章の最後に自分自身について考えるきっかけとなる
エクササイズがついている。

「孤児」の章には、こんなエクササイズがあった。
ちょっと端折ると、
「自分が完璧な子供時代を過ごしたという空想をする。
その時の感情を分析してみる。」といったものだ。

空想してみた。
好きなお菓子が食べられる、ゲームに時間制限がない・・・

そんなたわいもない「完璧」さと一緒に出てきたもの、
それが、「成績表を見て親に褒めてもらえる」だった。

私の両親は、私たちを「普通」に育ててくれた。
衣食住には基本的に不自由はなかった。
ただ、あまり教育というか子育てのポリシーのようなものは
持っていなかったように思う。
「放任主義」というポリシーだったのかもしれないが。

とにかく「褒められた」経験があまりないのだ。
特に父親には。本当に記憶にない。
私は「とりあえず真面目に言われたことをやる」タイプだったので
高校までの成績はそこそこ良かった。
ちなみに理系科目は壊滅的だったが、「暗記」で乗り切っていた。

成績表やテストを父親に見せても、なんの反応もなかった。
その当時どう思っていたかあまり覚えていないが、
恐らく「がんばったね」と認めてほしかったという気持ちは
持っていたのだろう。

 

親に認められなかったことが、
私の強い承認欲求の原因の、少なくとも一つではあると思う。

ありきたりな、話だ。

ただ、最近まで「親との関係」と承認欲求の関係性を
考えたこともなかった。
もっといえば、自分のこのこじらせぶりにも
それほどの問題意識も持っていなかった。

たかだか、この1か月くらいの間だ。
気づいたきっかけに対して、今はとても感謝している。

「孤児」その2:愛した人からの、拒絶

物心ついたころから、筋金入りの受け身である。

これがなぜかははっきりわからない。
「女の子」「長女」という与えられたロールモデルを忠実に演じてきたからか。
友達がどこかに行きたいといえば、そこへ行く。
弟が自分もゲームをしたいといえば、譲る。
子どもの頃欲しかったもの、したかったことが本当に少ない。

恋愛も、当然ながら告白されて付き合うパターンしかない。
(片手で数えられるほどしかないけども)

中学校の卒業式に、
なかなかトリッキーな告白をしてきた同級生がいた。
仲の良い友達だったので、悪い気はしなかったが
昔から恋愛体質ではなかったので、「友達でいましょう」的なことを言った。
高校も違ったので2,3か月に1度会うくらいだった。

大学に入り、今度は私が相手のことを好きになってしまった。
ものすごく回りくどく気持ちを伝えたが、
さすがに伝わらなかったようだ。

ちなみに「月が綺麗ですね」の芸術レベルを
100くらい落とした感じの伝え方をした。
今思うと、当時からこじらせてんな。

 

俗にいう「友達以上恋人未満」の関係のまま、
私は長期留学に出かけた。
そしてしばらくして、連絡が取れなくなった。

真相は、わからない。
共通の友人に聞けばよかったが、怖くて聞けなかった。
もし本当に何かあったのなら、どこかから連絡が来るだろうから
そういうことなんだろうな、と自分を納得させた。
別にただの友達だったのだから、相手が連絡する義務も何もない。

ここで味わった挫折感、喪失感は
あまりにも幼くて、身勝手なものだ。

これだけなら時が経てば解決するのだろうが、
私はこの「無実」の挫折感に、罪をかぶせてしまったのだ。

「援助者」:愛してくれた人への、裏切り

 

アーキタイプ:援助者

他人を助ける。
他人が安心してくつろげる雰囲気と環境を作り上げる

影の援助者の影響が強まると:
・断れない
・他人の世話をすることで、自分のなかの「孤児」(挫折感)をごまかす
・他人に尽くして、「こんなに尽くしているのに」と相手が罪悪感を抱くように仕向ける

 

きっかけ

 

2012年のある日、私は9年半ほど付き合っていた人と別れた。

9年半。産まれたての赤ちゃんが小学校3年生になる年齢。
私の年齢で言えば、20代前半から30代前半まで。
もはやギャグとしか思えない。

でも、
「それほど好きでもない人と9年半付き合っていた」
と言われたらどうだろう。

ギャグを通り越して、ホラーだ。

付き合うきっかけは、事故のようなものだった。

留学中、住んでいるところの契約更新の関係で
どうしても1か月だけ「住所不定無職」になってしまいそうだった。

どこかに余っている部屋はないものか。
ちょうど1部屋開いていた、同じく留学生(日本人)の家へ
「1か月なら別にいいか」と間借りしたのが始まりだった。

 

なんやかんやあって、
持ち前の「来るもの拒まず、去る者追わず」の精神で
そのまま付き合うことになった。

この時、私には全く下心はなかった。
相手ともそれほど話したことがなかったからだ。
相手も同様で、
「どうせならもっとかわいい子が良かった」と
他の留学生に漏らしているのを聞いたくらいだ。

 

なぜこうなったのかというと、
相手は「手料理」に飢えていたらしいが、
私はちょっとだけ「愛情」に飢えていたからだ。

この時というのは、ちょうど例の「友達以上恋人未満」の人と
音信不通になったころだった。

つまりこの相手は、
「好きな人」に拒否されたという私の一方的な思いの
はけ口にされていたのだ。9年以上も。

もちろん、時が経って「好きな人」への思いも風化した。
ただ、この「9年もの」の彼を心の底から
ずっと一緒にいたいというほど、好きではなかったと思う。
長いこと一緒にいたことで「愛着」のようなものはあったが。

我ながら、恐ろしい話だ。

 

不毛な「似たものカップル」

 

「不純な動機だった」という罪悪感と、
母親仕込みの献身的な精神のお陰で、私は彼に尽くした。
金銭的にではなく「家政婦」的な面が強かった。

傍から見れば普通の仲の良いカップルだった。
別に一緒にいることは嫌ではなかった。

3,4年も経つとさすがに結婚を意識する。
お互いの親の顔も知っている。
周りもまあ結婚するんだよね、という目で見る。
私自身、たぶんこの人と結婚するんだろうな、という気持ちはあった。

結論から言うと、

私たちが付き合っていた9年半の間、
「自分たちの結婚」について話したのは、ただ一度だけ。

別れを切り出した時だ。

正確な言葉は覚えていないが、
「結婚する気あったの?」と言うようなことを聞いた。

相手の回答は、
「結婚したかったの?」だった。

そのあとどんな会話をしたかはあまり覚えていない。

相手の真意はわからない。
「いつか結婚」と思っていて、
その「いつか」が10年後だったのか、
それとも「家政婦さん」がいてくれればそれでよかったのか。

なぜ「結婚についてどう考えてるの」と聞けなかったのか。
プライドが邪魔をするのなら、
「テーブルの上に結婚情報誌を置く」でもいいじゃないか。
テレパシーは通じないのだ。

究極のコミュ症だな、と思う。
ただ、聞かなかったのには別の理由もあった。

本心はどこにあるのか

 

私は、実は結婚したいと本心では思っていなかった。
それは相手が嫌だというより、
結婚そのものに興味を持っていなかったからだ。
もっと言うと「子供がほしい」と思わなかったからでもある。

それでも相手に結婚しよう、と言われたら
100%、はいと言っていたと思う。

 

たぶん、ここまで読んでくださっている人は
頭が混乱していると思う。

結婚したいの、したくないの、なんで別れたの?

何を基準に「この人」は行動しているのか
さっぱり見えないだろうな、と思う。

私の基準は、「面倒かそうでないか」だった。

この関係、先がないなと思うけど別れてその先どうするんだ。
新しい人を探すのか、それとも一生独身で通すのか。
どういう人生を生きたいのか。

この人生を選択する「ストレス」に向かいあうよりは、
現状維持、もしくは他人の決定に従う方が楽だった。

ではなぜ別れたのか。
当時仕事がいっぱいいっぱいで、精神的に限界に近かった。
相手の「お世話」を続けるより、
スパッと関係を断って身軽になる方が、面倒でなかったのだ。

愛もなんもない、身勝手な理由だ。
それでも結果オーライだったと思う。
もしかしたら、まだ「現状維持」していたかもしれないから。

自分を許す

これが、私という「こじらせ女子の正体」だ。
姿は立派なおばさんだが、
中身は子供のままで止まっている状態だ。

「自分の人生を生きていない」感覚は、
他でもない自分自身が作り出してきたものだ。

こんな人間が真剣に生きるとか、人生変えるとか、
口だけじゃないかと思う。
自分の「偽物感」をずっと感じていた。

誰かを憎むという気持ちは持っていない。
自分自身に対して、ずっと許せない気持ちを持っていた。
ただこれは、自分を許せないと責め続けることで、
改善に向けて努力する」という現実から目を背けていただけだ。

だから、ここでもう許そうと思う。
でないと、先に進めない。

ここからは、言い訳無用。
旅の途中で傷つくことも、全て成長のため。

ストーリーがハッピーエンドとなるかどうか。
全ては、自分の「正しい」努力次第だ。