日常

「中国語女子」が英日特許翻訳者を目指すわけ(思い出話編)

井の中の蛙、水たまりでひっくり返る

高校の頃。

得意な科目はと聞かれたら英語と答え、

将来なりたいものは、と聞かれたら「翻訳者かな」と答えてました。

 

でも、実は英語が好きでたまらなくて寝食を忘れて本を読んでいたわけでもなく、

具体的にどんな翻訳者になりたいのかイメージしたこともなかったんです。

 

じゃあ、なんでそう思ってたのかというと、

「人よりできたから(できると思ってたから)」

ただこれだけです。

 

自分で「これがやりたい!」と思うものはなく、この頃から

他人との優位性の中でしか物事を評価できない受け身な人間でした。

 

時が経って、大学入試。

「できない」と思っていた理系科目には当然手を付けず、

とある地方大学の、英文科でも中国語学部でもない文系学部へ入学しました。

 

そして入学してすぐの英語の授業で、私は「現実」を知ることになるのです。

留学経験者や帰国子女もいたりして、

英語の授業に「ついていくのがやっと」状態だったのです。

 

決して、そこまでレベルが高い大学というわけではありません。

私の出身がそこそこ田舎なので、周りにそういう人がいなくて、

試験の成績がちょっといいだけで「できる」と思い込んでいたんですね。

 

これはちょっとした、いやかなりの挫折でした(弱い)。

 

そこで、何の気なしに第二外国語で選択した中国語にのめりこんだのです。

これならみんなゼロからだから頑張れば「できる」ようになるだろうと。

 

結局ですね、

中国語も「どうしてもこれがやりたい!」と思って始めたのではなく

「できると思っていた英語がそうでもなかったことへの埋め合わせ」

的な、かなり消極的なところからスタートしていたのです。

 

お子さまには刺激が強すぎるカオスワールドで覚醒

そんな中国語との出会いでしたが、

だんだんと中国語、そして中国に惹かれていきました。

 

最終的には1年ちょっと語学留学をして、

大学卒業後再び中国に渡り、社会人生活も中国でスタートさせました。

20代から30代の前半にかけて、日本と中国を行きつ戻りつ、

トータルで5年近く、中国に浸かってました。

 

もう体からパクチーのにおいがしそうなほどどっぷり浸かってたわけですが、

今思うとこうなるきっかけは、ほんのわずかな「好奇心」でした。

 

大学2年目の終わり頃、ちょっとした興味で大学の短期留学プログラムに

参加して、2週間ほど中国へ行きました。

2000年頃の話です。これが私にとって初めての海外でした。

見るもの、聞くもの、手に触れるもの、全て。

そして、外国語で伝えること、伝わること。

全てがあまりに、刺激が強すぎました。

 

この経験があってこそ、もうちょっと本格的に中国語勉強したいな、

海外に長期滞在してみたいなと思って、実際に行動しました。

中国への長期留学というのは、

恐らく私が初めて「自分の意志」で下した大きな決断だったと思います。

そこで、良くも悪くも人生は大きく変わりました。

 

好奇心から、実際に一歩踏み出す。

人生を変えるきっかけって些細なものかなと思います。

 

ではなぜ今、そこまでして学んだ中国語じゃなくて、

英日の特許翻訳者を目指しているのか。

明日以降に続きます。(→続きはこちらです)

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