学習記録

2年後の自分へ

道の途中で

昨日、「情報発信の目線を持てるようになった」なんてえらそーに書いた次の日に

この内向きなタイトルを堂々と付けられる自分が割と好きです。

 

この記事で、ちょうど300記事になります。

「300記事書いてわかった ブログを続けるのに本当に大切な3つのこと」

とかありがちなことを書こうかと思いましたが、

何か気分が乗らなかったのでいつも通りつらつら書きます。

 

たぶん気分が乗らなかった原因は、「達成感」がそれほどないからかなと思います。

まだ、100記事目のほうが達成感はありました。

ブログを続けること、それ自体は既に習慣化しているので難しくはありません。

難しいのは、その内容とスピードです。

まさに、「書けば書くほど課題が見えてくる」と言った感じです。

 

書いた直後はそれなりに自分で納得して「公開」ボタンを押すんですが、

その後で「いや、何かおかしいこと書いたな」と思うことが多く、

さらに時間が過ぎると、「何であんなこと書いたかな?」と思ったりしてます。

要は、「自分を俯瞰する」ことができていないんですよね。

 

「自分を俯瞰できていない」ことは、

「今、何をどのくらいの時間をかけてやるべきか」が

見えていないということでもあり、この問題はとても深刻です。

 

先日の会社での出来事です。

 

自分で小口の貨物をまとめて梱包して、

DHLなどで海外の客先宛てに発送することがあります。

先日は既存の段ボール箱では収まらない「規格外」な貨物がやってきて、

どうしたもんかな、と思いながらも段ボールを切ったり曲げたりいろいろやって、

自分でもほれぼれする「作品」が出来上がりました。

たまたま近くにやってきた同僚が一言。

「職人か?職業選択間違ったんちゃう?」と。

 

作業している時は夢中なんです。

終わってから、

「あそこまでする必要はないだろうし、その時間に他のことできたよね?」

と思うわけです。

 

梱包中にもちょっとやりすぎかな、と思いつつ止めることができない。

勉強中も、「ここまででやめて次へ行く」がなかなかできない。

「この公開訳、なんだかなぁ」と思っても途中で他の明細書に切り替えることができない。

 

全部根っこは同じですよね。

全てにおいて、「見切り」ができていないんです。

ダメンズ(古いか)と延々と付き合ってしまうような感じでしょうか。

 

何でこうなってしまうのか。

結局のところ、自分の「時間の価値」が意識できていないからでしょうね。

 

最小の時間で、最大のアウトプットをする。

そのための自分の時間の振り分け方がわかっている。

「見切り」なんて考えることもなく、息を吸うようにやれている。

それがプロなんだと思います。

 

なので、今の状態はプロからは非常に遠い場所にいるという危機感が強いです。

一つ一つの作業に対して時間の見積もりを立てて、

その中で終わらせるように毎日訓練していくしかないなと思っています。

 

今日の記事は今の自分の諸々の問題が噴出している、

300記事目にある意味とってもふさわしい記事となりました。

 

1000記事目を書いている2年後の自分は、

「あの頃そんなことで悩んでたんだ」と、らせん階段のはるか上方から

今の自分を見下ろしているはずです。

 

学習記録

10/5(金)の学習記録

項目: 対訳学習素材の内容の把握、類似特許の検索、
    背景知識の獲得
目標: 6h      実績:4h50m

10/6(金)の学習計画

項目: 背景知識の獲得(続き)
目標: 2h     

項目: 対訳収集(約2500ワードx2件)
目標: 13h
メモ: 1件は公開訳を見ながら上書きしつつ、
    もう1件はとにかく吸いとる

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