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労働を資産化して、自分の価値を高めるために:「働き方の損益分岐点」ブックレビュー

「将来、あくせく働かなくてもいい暮らしをしたい」

不労所得だけで生きていきたい」

誰もが思うことだと思います。私もそう思います。

 

でも、どうしたらその生活を手に入れられるか、考えたことはありますか。

その生活を手に入れるために、今何かをしていますか。

最近読んだ『人生格差はこれで決まる 働き方の損益分岐点 』という本に、将来のための今の働き方を考えるヒントがありました。

キーワードは、「資産になる仕事をすること」です。

資産になる仕事とは何か、なぜ資産になる仕事をする必要があるのかについてお話します。

 

「資産」の前に「価値」を理解する

この本は300ページほどの文庫本です(kindle版もあります)。

そのうちの前半部分には、「しんどい働き方をしても豊かにはなれない理由」が経済学の理論をもとに述べられています。

 

例をあげてわかりやすく説明がされていますが、普段私たちがなんとなく使っていた言葉に対して違う定義がされていることもあります。

経済学になじみがない方は、ここをじっくりと読んでからのほうが後半の「どういう働き方をすべきか」の理解が進みやすくなると思います。

 

「価値」と「使用価値」の違い

「価値」と「使用価値」は「資産になる仕事」を考える上での重要な概念です。

例えば次の二つの文に登場する「本」。どのような本を思い浮かべますか。

(1)「この本には価値がある」

(2)「この本には使用価値がある」

 

価値がある本は、人によって思い浮かべるものがまちまちかもしれません。

例えば、昔の希少な本、著者のサイン入りの本、芸術品のような装飾の本、自分の一生を左右する影響力を持つ本・・・などでしょうか。

使用価値がある本の方は、例えばエクセル関数の使い方だったり、誰でも上手にできるオムライスの作り方の本だったり、何かしら具体的に「役に立つ」ものを思い浮かべる方がほとんどだと思います。

 

本の中では、『資本論』での「使用価値」と「価値」の違いについて、次のように書かれています。

使用価値:(その商品やモノを)使ってみて意味がある、何かの役に立つこと

価値:それを作るのにかかった手間のこと

(参考:働き方の損益分岐点 p.55~57)

使用価値は私たちの考えとあまりずれていないと思います。

問題は、「価値」の方ですね。

「それを作るのにかかった手間」が価値なのですから、人の労力がかかっているもの、つまりより時間を掛けたものがより価値があるもの、ということになります。

 

私は翻訳者なので、翻訳という仕事を例に考えてみます。

1時間でサクッと翻訳した案件と、10時間かけて翻訳した案件。

『資本論』における価値は「それを作るのにかかった手間」なので、10時間掛けて翻訳した案件の方が、価値が高いということになります。

 

でもこれって、ちょっと腑に落ちないですよね。

極端な話、1時間で終わる仕事を10時間に引き延ばしたら「価値」が高まるといっているわけですから。

経済学ってよくわからないな~、と思いました。

 

実は、価値を左右するのは「個人が実際に掛けた労力(この場合は10時間)」ではなかったのです。

『資本論』では次のように説明されています。

商品の「価値」の大きさは、「社会一般的にかかる平均労力」で決まる

(働き方の損益分岐点 p.63より引用)

先ほどの翻訳の例でいけば、「この文章の翻訳には通常2時間かかるだろう」と思われていれば、2時間分の労力がこの文章の翻訳の「価値」ということになります。

 

そして次の原則も、労働を資産化することの大切さを考える上でとても重要です。

商品の「値段は、その商品の「価値」を基準に決まる

(働き方の損益分岐点 p.64より引用)

この原則をもとにすると、「この文章を翻訳するには2時間かかる」が世間の相場であれば、その2時間分の労働に対する対価が、この案件の「値段」ということになります。

 

もちろん、一般的に商品の値段に影響すると思われている「需要と供給の関係」もあります。

例えばこの分野の案件に対応できる人が少ないので、値段(翻訳単価)が相場より上がる、というようなことですね。

 

ただ、それもベースとなっているのは、商品の「価値」です。

例えば、専門的な医学論文の翻訳と専門性の低い社内会議の議事録の翻訳。

社内会議の議事録の方が緊急性が高く、その内容をもとに全社員が一斉に動き出すような重要な書類かもしれません。

ですが、専門的な論文の翻訳の方が値段(翻訳単価)は高くなります。

それは、専門的な論文の翻訳にかかる労力が、社内会議議事録の翻訳よりも労力がかかる、つまり価値が高いためです。

 

このように、商品の値段はまず「商品の価値」が基準になっていて、そこから需要と供給など他の要素に左右されて決まります。

 

商品の価値についての考え方は、非常に大切な考え方だと思います。

もうひとつ衝撃的な、でもよくよく考えてみれば納得した「商品の価値の現実」について紹介します。

それが、競争社会では皆が頑張るとモノの「価値」は下がり続ける、ということです。

 

皆が頑張ると、モノの「価値」は下がる

売上から費用を引いた利益を増やすこと。

企業でも個人でも目的は同じですよね。

 

ある会社が独自のノウハウを編み出して、競合他社が10時間かけて生産する製品を半分の5時間で生産できたと仮定します。

この場合、労働力や設備稼働時間などのコストが下がることで利益が上がりますね。

 

これを少し見方を変えて、先ほどの「価値」の考え方を当てはめてみます。

製品Aを製造するのに、世間一般(競合他社)は10時間かかります。

すると、製品Aの「価値」は10時間分の労力ということになります。

この会社は同じ製品Aを半分の5時間で製造できますが、製品Aの「価値」は変わらず10時間分の労力です。

つまり、売値が変わらず労力(コスト)が減るので「利益」が増えるということになりますね。

 

ただ、ここで気を付けなくてはならないのは、

「商品の「価値」の大きさは、『社会一般的にかかる平均労力』で決まる」

という大原則です。

 

ライバル企業が皆同様にイノベーションに成功して、製品Aを製造するのにかかる時間が5時間というのが当たり前になった、つまり「社会一般的にかかる平均労力」が5時間になった場合、どうなるでしょうか。

商品の「価値」が5時間になってしまったので、利益を出すにはコストをさらに抑えなくてはなりません。

そうして、各社は利益を出すための「コスト削減競争」を延々と続けることになります。

 

翻訳の「価値」とAI翻訳

この「効率化を進めるとかえって価値が下がる」という皮肉な資本主義のリアルを、翻訳者の立場で考えてみます。

 

誰も知らないノウハウを駆使して、仮に世間一般では10時間かかる文章を2時間で翻訳できるとしましょう。

この場合は単純に考えて、他の翻訳者の5倍の利益を生み出すことができます。

 

ところがこのノウハウがもはや当たり前のものになって、皆が以前10時間かかっていた文章を2時間で翻訳できるようになったら、どうなるでしょうか。

その文章を翻訳する価値は、従来の10時間分の労働から2時間分の労働になります。

翻訳の場合、価値(売上)は翻訳単価に反映されます。

この場合、ものすごく単純化して言えば、レート20円だったのが4円になるということですね。

 

翻訳支援ツールの使用が普通となり、さらには機械翻訳・AI翻訳の登場で翻訳単価は下落傾向にあります。

翻訳支援ツールをごくわずかな人しか使っていなかった頃と今を比較すると、「一般に翻訳に必要とされる時間」、つまり「翻訳に使う労働力」の価値が目減りしているととらえることができますね。

そして、仮に今後AI翻訳が進化して、AI翻訳の利用が当たり前になりさらに「それを使って翻訳すれば労力がかからない」のであれば、ますます翻訳単価は下がることが予想できます。

その「AI翻訳を使用することを前提とした翻訳料金体系」の中で、AI翻訳を使わないで仕事をするとどうなるかは自明です。

 

でもそれは、あくまでも「AI翻訳を使用することを前提とした翻訳料金体系」の中で勝負する場合の話です。

この「価値体系」から外れるか、あるいはその価値体系の中でも「世間一般よりも少ないコストで」ずっと稼働できるのであれば、勝機はありそうです。

 

そのために必要なことは何でしょうか。

本では「価値」を高めること、そしてそのために毎日「資産化」を意識して働くことが大切だと述べられています。

 

労働を資産化するとは

頑張るほどモノの価値が下がってしまう、それでも上を目指してひたすら頑張らなくてはならない、という不毛なラットレースから「降りる」にはどうしたらよいのでしょうか。

本では、年収・昇進から得る満足感からそれを得るための必要経費を引いた「自己内利益」をプラスにすることが大切、と紹介されています。

「自己内利益」の話も興味深かったのですが、ここでは、より根本的な「自分の価値を上げる」方法についてフォーカスします。

 

価値の高さは「過去の積み上げの高さ」

先ほど、医学論文の翻訳と社内議事録の翻訳について「専門的な論文の方が労力がかかるから」価値が高い、というお話をしました。

実は論文翻訳の方が価値が高くなる理由は、もうひとつあります。

それが、「スキルの習得費が労働力の価値に加算されている」ということです。

 

医学論文の翻訳をするためには、当然その分野の知識を身につけている必要があります。

そしてそのための勉強に費やした時間、つまり「その仕事ができるようになるまでにかかった費用」も「価値」に加算されるのです。

 

医師や弁護士などの報酬がなぜ高いのか、もこれと同じですね。

「大変だから」「重要だから」ではなく、経済学的には「その仕事をするために長時間勉強をしてきたから」なのです。

 

つまり、「過去に時間やお金を使って積み上げてきたもの」が「価値」となっているわけです。

そして、積み上げによる土台があれば、0から挑戦するよりも得たい結果に到達しやすくなります。

本でも、毎日0から100に向かってしんどいジャンプを繰り返すような生き方ではなく、過去の積み上げで80まで上げて、そこから20の努力で同じ果実を手に入れられるような生き方が提案されています。

 

この「積み上げ」こそが資産です。

労働力の消費で終わる仕事ではなく、自分の将来が楽になるように、毎日少しずつ土台を積み重ねていく仕事をすること。

それが、この本で作者が最も伝えたかったことだと思います。

 

とはいえ、もう人生も半ばだし、これまで何も積み上がってないし、今からそんなこと言われても・・・

と思いますよね。

そして、ただ闇雲に何かに時間を掛けて取り組めばよいというわけでもありません。

最後に、「何を、どのように積み上げていけばよいか」についてお話します。

 

労働の資産化:応用可能なスキルを10年単位で身につける

どのようなスキルを積み上げるのか、そしてどのように積み上げるのか。

この2点から説明します。

どのようなスキルを積み上げるのか

 

(1)まずはスキルの棚卸しから

もし、すでにそこそこ積み上がっているスキルがあれば積み上げるのは少しは楽ですよね。

そんなスキルなんてないと言う方も、よくよくご自身の経験を思い出してみてください。

本では、営業をされてきた方の営業力や経理部門の方の会計知識について触れられています。

これらは、その業務をされている方にとっては「当たり前」かもしれませんが、知らない方にとっては貴重なスキルですし、少し角度を変えるといろんなスキルに展開することができます。

営業の方がコンサルの仕事や、コミュニケーションに関するセミナーを開催するなどですね。

 

大切なのは、スキルを「横展開」したり、組み合わせたりすることだと思います。

本では「編集力」という言い方をされています。

自分の細切れのスキルでも、うまく組み合わせれば立派な土台になるかもしれませんし、これからひとつのスキルで食べていくのは難しい時代になると言われていますからね。

 

(2)賞味期限の長い知識・経験

そして、本の中では賞味期限の長い知識・経験」を身につけることが勧められています。

IT業界などの変化の激しい業界では、せっかく身につけたスキルがすぐに陳腐化してしまうこともあるからです。

賞味期限の長い知識・経験として、営業力、会計の知識などが例として挙げられています。

 

(3)身につけるのが大変で時間がかかるもの

前の方でお話したように、誰もが簡単に身につけられる知識・経験であれば、すぐに皆習得してしまい、それが「スタンダード」になってしまいます。

その場合、自分の相対的な「価値」は上がりません。

ただし、「使用価値のあるもの」つまり役に立つ・社会に求められている知識・経験であることが前提です。

翻訳の例でいえば、「TOEIC満点」を目指したり、需要が少ない分野の文芸翻訳家を目指したりして日々勉強を積み重ねても、積み上げ効果にはつながらないでしょう。

 

翻訳であれば、やはりコアとなる知識は日本語の読解力だと思っています。そしてこれは間違いなく、「身につけるのが大変で時間がかかるもの」です。

ですが、他に応用もできますし、賞味期限も長いスキルです。

こうやって読んだ本をブログにまとめることも、「積み上げ」の一環ですね。

今、現在進行形でとても苦労しているわけですが、積み上げればブログ記事そのものももっと早く、もっと大勢の方に役に立つ記事になるでしょうし、翻訳スキルも上がるだろうなと思っています。

 

どのようにスキルを積み上げるのか

朝顔のつるが伸びるように、自分の足元の土台が日々高くなっていくのを実感できれば前に進む気力が湧きますよね。

ただ、実際は積み上げにはとても長い時間がかかります。

毎日の努力に対して、目に見える成果はほとんどありません。

 

気持ちが折れそうですよね。

でも、未来の自分を楽にするために、ここは我慢して毎日コツコツ積み上げるしかないのです。

本の中で引用されていた言葉の引用になりますが、

「人は、1年でできる事を過大評価し、10年でできることを過小評価しすぎる」

というアンソニー・ロビンスというアメリカ人コーチの言葉通り、

地道な努力を続けることで、10年後には思いもよらないほどの高さに積み上がっていると信じて続けていきましょう。

 

まとめ

ここまで、人生格差はこれで決まる 働き方の損益分岐点の内容をもとに、経済学での「価値」とは何か、そして「価値を高めて資産化する」とはどういうことかについてお話してきました。

「価値」は世の中が便利になるにつれて、どんどん陳腐化していきます。

その中で人より高い価値を生み出して、将来労働に依存せずに生きていけるようになるためには、「毎日の積み上げ」による労働の資産化が必要です。

簡単ではありませんが、毎日少しずつの積み上げを続けることが大切ですね。

 

資産を作る仕事を、今日はどれだけやったか?

本の最後の方(p.299)に出てきた言葉です。

毎日寝る前に、自分にこの質問を投げかけようと思います。

 

毎日の労働を積み上げていく、ということ。

いちどちょっと立ち止まって、考えてみてもいいかもしれません。

この本は「働き方・生き方」を考える上でとても参考になるはずです。