ミス対策

誤訳メモ:抗体-薬物複合体(ADC)の明細書 その1

昨日のブログに載せた明細書について、公開訳と比較した際に発見したミスについて取り上げます。

 

明細書の概要

昨日のブログから、そのままコピペしています。

 

ADCと呼ばれる、抗体に薬物がくっついた形の医薬品です。

https://patents.google.com/patent/WO2015000062A1/en

EGFRは正常組織にも発現しているため、薬物投与によって副作用が生じる(正常組織へも薬の影響が出る)ことがあります。

それを避けつつ、必要な部位(主に癌細胞)へ薬物を送達するための方法についての明細書です。

上記に簡単にまとめたとおり、抗体、薬剤、そして両者をつなぐリンカーを適切に選択することで、「標的部位に選択的に送達でき、正常部位には影響を与えない」ADCが実現した、という内容です。

 

ミス1:文の全体の構造が理解できていない

ミスの概略

背景技術部分からです。

正常細胞に影響を与えない抗体医薬品の開発を模索していることを示している段落の一文です。

長いのですが、問題は青字部分です。

Efforts continue through screening for naked anti-EGFR antibodies, and immunoconjugates thereof, to identify those with partial antagonistic activity against EGFR and reduced activity against keratinocytes (see US 2012/0156217), immunoconjugates based on “masked” anti-EGFR antibodies that are preferentially activated in the tumour microenvironment (WO 2009/025846), and immunoconjugates based on antibodies with medium affinity that preferentially accumulate in the tumor and not normal tissues (WO 2012/100346).

 

当初訳

取り組みは、裸の抗EGFR抗体のためのスクリーニング及びそれらのイムノコンジュゲート、EGFRに対する部分アンタゴニスト活性及びケラチノサイトに対する軽減された活性を有するそれらの同定(米国公開特許公報第2012/0156217号)腫瘍微小環境内で優先的に活性化される「マスクされた」抗EGFR抗体をベースとしたイムノコンジュゲート(PCT国際公開特許第2009/025846号)、正常組織ではなく腫瘍組織に優先的に集積する、中等度の結合性を有する抗体をベースとしたイムノコンジュゲート(PCT国際公開特許2012/100346号)を通じて続けられている。

 

公開訳

裸の抗EGFR抗体およびそのイムノコンジュゲートをスクリーニングすることによって、EGFRに対する部分的アンタゴニスト活性および角化細胞に対する低減した活性を有するイムノコンジュゲート(US2012/0156217(特許文献3)参照)、腫瘍微小環境において優先的に活性化される「マスクされた」抗EGFR抗体に基づくイムノコンジュゲート(WO2009/025846(特許文献4))、ならびに腫瘍内に優先的に蓄積し正常組織には蓄積しない中程度の親和性を有する抗体に基づくイムノコンジュゲート(WO2012/100346(特許文献5))を同定するために、引き続き努力がなされている。

文章の骨格が見えていませんでした。

「最適な抗体とイムノコンジュゲート(抗体+薬物)をスクリーニングして、A、B、C、というイムノコンジュゲートを同定する取り組みがなされている」

というのが文の骨格になります。

 

ミスの原因

抗体やコンジュゲートをスクリーニングする、そして同定する、という一連の内容がわかっていなかったことが原因だと考えています。

 

スクリーニングして同定する、とはライブラリーという化合物群から目的にあう化合物を選択して決定することです。

 

それがわかっていれば、次の文章は、

screening for naked anti-EGFR antibodies, and immunoconjugates thereof, to identify those with partial antagonistic activity against EGFR and reduced activity against keratinocytes

抗体とイムノコンジュゲートがスクリーニングの対象、
その後(to indentify)以後に列挙されているのが同定する対象だと見えてくるはずです。

 

当初、スクリーニングも同定もわかったつもりでいました。ですが、次のように、

「裸の抗EGFR抗体のためのスクリーニング及びそれらのイムノコンジュゲート、EGFRに対する部分アンタゴニスト活性及びケラチノサイトに対する軽減された活性を有するそれらの同定」と、

何をスクリーニングして何を求めるのか、の対応関係が取れていない訳文を作成しているので、やはり理解していなかったのだと考えています。

 

訳出当初、この文章は全体が読み取れず苦労しました。とりあえず仮置きにしてあとでもう一度見直した文章の一つです。

なぜ、見直しの時にもミスに気づけなかったのか、ですが、どこがどうわからないのかをきちんと言語化せずに「後で確認」とだけメモしていたことが原因ではないかと思っています。

見直し時には、訳出当初感じていた違和感が薄れていました。また、きちんと「どこが引っかかっているか」を書いていれば、それを書いているうちに自分の思い違いに気づいたかもしれません。

 

ミスの対策

内容が読み取れない文章は、理解できていない言葉や事象があると考えて、わかっているつもりでわかっていないことが何かをまず洗い出す。その後調べる。

自分の訳に違和感があるのならば、どこがどうおかしいと思うのか(理解できないのか)、きちんとメモしておく。

 

その2:文字化け化合物名の処理

ミスの概要

本発明のイムノコンジュゲートに使用されるリンカーとして、化合物名が列挙されています。

その中の一つの化合物です。

原文

succinimidyl-6-(P- maleimidopropionamido)hexanoate (SMPH),

自分の訳

スクシンイミジル-6-(-マレイミドプロピオンアミド)(P- maleimidopropionamido)ヘキサノエート(SMPH)

*そのままPとして、p-ではないか、とコメント

公開訳

スクシンイミジル-6-(β-マレイミドプロピオンアミド)ヘキサノエート(SMPH)

列挙された他の化合物名も似たような感じで、例えば、γ- maleimidobutyric acid N-succinimidyl ester (GMBS), ε-maleimidcaproic acid N- hydroxysuccinimide ester (EMCS) などです。

なので、「P- maleimidopropionamido」部分のPは大文字になるのはおかしいと考え、小文字のpの誤りだろうと思い、調べてヒットしたのでそうしました。

ただ、本来は公開訳のようにこのPはβの文字化けであると考えるのが正しい、と改めて調べたところわかりました。

例えば、下記のpdfなどに記載されています。

クリックしてMAN0011361_SMPH_UG.pdfにアクセス

 

ミスの原因

次の2つの原因が原因であると考えます。

  1. 調査を怠った
  2. 化合物の命名法の基礎を知らなかった

 

(1)については、p-maleimidopropionamidoだろうな、とあたりをつけて検索したら、一応ヒットしたのでそれでよしとしてしまいました。

(2)はそもそも、この位置にくる記号はギリシャ文字を使用しているということを知っていれば(もしくは、他の化合物名がそうなっているというところから推測できれば)、Pではないだろう(少なくともρ(ロー)ではないか)と気づいたはずです。

ミスの対策

化合物名はメーカーサイトなどで化合物の全名称でヒットするか確認する。

ヒットしない化合物名の時は、複数のサイトで一部がヒットするかどうか確認する。

 

その3:実験のイメージができていない

細胞毒性を示すグラフの説明の一文です。

About 2-3,000 cells/well were seeded in a flat bottom 96-well tissue culture plate, and incubated with various concentrations of test article in culture media for 5 days at 37°C.

当初訳

約2~3,000細胞/ウェルを、96ウェル平底組織培養プレートに播種し、被験物質を培地中で37℃で5日間、種々の濃度でインキュベートした。

公開訳

約2~3,000細胞/ウェルを平底96ウェル組織培養プレートに播種し、培地中の各種濃度の被験物質と37℃で5日間インキュベートした。

私の訳では、何がどこに入っていて、異なる濃度のものが何なのか、さっぱりつかめません。

穴が96個空いているプレートのひとつひとつに、培地(培養液)が入っていて、その中に被験物質(抗体やコンジュゲート)が入っていて、さらにそこへ細胞を入れ、被験物質の濃度を変えて、被験物質がどの程度細胞の生存率に影響するかを調べることを指しています。

ミスの原因と対策

図にせずに、頭の中で、上記の絵を描けているつもりで訳していました。

ただ、明らかに「様々な濃度」が被験物質の濃度であることを意識して訳せていません。

対策としては、実施例はわかっているつもりでも一度図解してみて、理解しているかを確認することだと考えています。