バイオ・医薬

左冠動脈主幹部に対するPTCAが禁忌の理由を、添付文書から追いかける

「添付文書」という書類、ご存じでしょうか。

医薬品や医療機器などのプロ向けの取扱説明書のようなものです。

 

私は今、医療機器の翻訳者目指して勉強中なのですが、

これがですね、学習素材としてなかなかに優秀なのです。

おもちゃなどの取扱説明書と同じように、構造・使い方・使用上の注意などが書かれています。

 

特許明細書では「常識」として省かれている部分も理解することができるんですね。

今日は昨日見ていた「PTCAバルーンカテーテル」という医療機器の添付書類を眺めていた時の気づきをお話したいと思います。

PTCAバルーンカテーテルとは

そもそも、PTCAバルーンカテーテルって何?というところから少しお話します。

PTCAという心臓の手術に使われるカテーテルという器具なのですが、

PTCAとは何か、バルーンカテーテルとは何なのか、順を追って説明します。

 

バルーンカテーテルとは

まず、バルーンカテーテルについてです。

バルーンカテーテルとは、バルーンのついたカテーテル・・・なんですが、

そもそもカテーテルって何ですか、というお話になりますね。

名前だけはなんとなく聞いたことがある方も多いと思います。

 

カテーテルとは、生体内(血管、尿道など)に通す細い管のことです。

用途に応じて形状は様々です。

例えば、マイクロカテーテルと呼ばれる外径が1mmにも満たない細いものや、

(出典:ガデリウス・メディカル株式会社

今回のバルーンカテーテルと呼ばれる先端部が膨らむタイプのものなどがあります。

(出典:ガデリウス・メディカル株式会社

バルーンカテーテルは、バルーンをしぼませた状態で血管に挿入します。

そして下の図のように血管が狭窄している部分に到達後、バルーンを拡張させ血管を押し広げることで、血流を改善することができます。

(出典:循環器病情報サービス)

PTCAとは

PTCAとはPercutaneous transluminal catheter angioplastyの略称で、

日本語では「経皮的冠動脈形成術」といいます。

冠動脈は心臓を取り巻いている動脈で、右から1本、左から2本の計3本あります。

それぞれに枝が出て、心臓全体に血液を供給しています。

(出典:三友堂病院)

 

この冠動脈が何らかの理由で狭くなったり、詰まってしまうと血液が正常に流れなくなります。

冠動脈に流れる血液は心臓へ酸素や栄養を運んでいます。

血液中の酸素や栄養が不足すると狭心症となり、完全に供給がストップすれば心筋梗塞を引き起こします。

このような血管の狭窄・閉塞による疾患(虚血性心疾患)の治療のために行われるのが、PTCA(経皮的冠動脈形成術)です。

 

PTCAは、先ほどカテーテルのところでお話した通り、詰まっているところにバルーンカテーテルを挿入して、血管を押し広げる手術です。

(出典:循環器病情報サービス)

 

ただ、実はこれだけでは一時的には血管は広くなるのですが、術後3ヶ月程度でまた狭まってしまうことがあります。

そこで「ステント」という筒型の金網をバルーンで拡張した血管に留置することで、再狭窄を防止する方法があります。

(出典:葉山ハートセンター)

がけ崩れ防止の金網のようなイメージですね。

 

従来から、虚血性心疾患の治療方法としては冠動脈大動脈バイパス移植術という新たに血液の通り道を作る治療方法がありました。

PTCAはバイパス移植術に比べると体への負担が少ないので、通常は対応可能であればPTCAによって治療を行い、PTCAが不可であればバイパス移植術を行っています。

 

なぜ、左冠動脈主幹部にはPTCAが適用できないのか?

ここまでで、心臓を取り巻いている冠動脈の流れを良くするための手術、PTCAとそれに使用するバルーンカテーテルという器具について説明しました。

ここからは、私が添付文書を見て疑問に思ったこと、その調査結果を紹介します。

疑問に思ったこと

フクダ電子のPTCAバルーンカテーテルIIIという医療機器の添付文書を眺めていた時でした。

この中の【禁忌・禁止】という欄の一部です。

黄色でマーキングした部分について少し引っかかりました。

バイパス又は側副血行等により保護されていない左冠動脈主幹部病変」にはバルーンカテーテルを用いてはいけない、つまりPTCAを行ってはいけない、ということですよね。

なぜだろう?と考えました。

 

左冠動脈主幹部というのは下の赤字部分です。

2本に別れる左冠動脈の付け根です。

見るからに重要そうな場所ですね。

ここが何らかの理由で閉塞してしまったら、左側の動脈は両方とも壊死してしまいます。

「バイパス又は側副血行等により保護されていない」という但し書きがついているので、

「万が一手術に失敗して閉塞してしまった場合のリスクが高すぎるから」だろうと仮説をたてて、調べてみました。

 

調査結果はいかに

左冠動脈主幹部が大事な部分であるから、は当たっていました。

左冠動脈の起始部に位置し、左前下行枝(LAD)と回旋枝(LCX)に分岐するため、この部位の狭窄は広範囲の心筋虚血を引き起こすため、特に危険で突然死の原因となり得る

(出典:慶應義塾大学医学部 循環器内科 心臓カテーテル室

 

左冠動脈の主幹部は、左冠動脈前下降枝(LAD)と左冠動脈回旋枝(LCX)に分岐する要となる血管といえる。日本循環器学会が中心となり2000年にまとめた「循環器病の診断と治療に関するガイドライン」では、「保護されていない左冠動脈主幹部」はPCIの「原則禁忌」と明記された。長期的な血流維持の必要性、術時の安全性などに配慮して、冠動脈バイパス術を行うべきと考えられてきたわけだ。

(出典:m3.com

 

さらに上記のm3.comの記事を読んでわかったのは、この部分は留置したステントの変形、不完全圧着が起こりやすく、血栓が付着しやすいため、閉塞しやすいということでした。

 

ステントは物理的に血管内壁を支えてくれる頼もしい味方なのですが、体内環境から見たら異物でしかありません。

そのため、免疫機能が働き血小板や血液凝固因子と呼ばれるタンパク質が活性化します。

その結果、血栓がステントに付着し堆積することで血管を再び狭めてしまうことになってしまうのですね。

さらにステントが変形している場合、血管壁で乱流を起こし血小板が付着しやすくなることから、より血栓を誘発しやすくなります。

 

この対策として、ステントから血栓がつきにくくなる薬剤を放出する「薬剤溶出性ステント」というタイプのステントが登場しました。

これによって、従来バイパス移植術よりも治療成績が劣るとされていたPTCAの評価も見直されてきました。

 

そのため現在では、左冠動脈主幹部であってもPTCAが第一選択になり得るという意見も多く、最新版のガイドラインでも、PTCAに対する一定の評価がされています。

このようにPCIはLMT病変に対してCABGに代わる再血行再建術となりうる可能性が示唆されている.しかし,SYNTAXスコアの値によって成績は均一でないことや,
短期的には安全性の面でPCIに,長期的には主として再血行再建のリスクの面からCABGにメリットがあることも指摘されている.最終的な結論を得るためにはより長期の追跡結果が必要であろう.

(出典:安定冠動脈疾患の血行再建ガイドライン

*PCI (経皮的冠動脈インターベンション)=PTCA、LMT= 左冠動脈主幹部、CABG=冠動脈大動脈バイパス移植術です。

 

手術中の安全面、そして長期的なリスク。

今回の調査で、左冠動脈主幹部でPTCAが禁忌とされている理由がわかりました。

それと同時に、

どの手術方法を採用するかもこのように様々な方向から検討がされていて、

最終的には患者ひとりひとりの状況に応じて、より適切な処置方法を選択していくのだなということが今回の調査で改めてわかりました。

 

まとめ

今回はPTCAカテーテルの添付文書をきっかけに、なぜその病変には適用できないのかという疑問からいろいろと調べてみました。

 

このように、添付文書には勉強のとっかかりになるエッセンスがつまっています。

添付文書は医療機器であればこちらから、医薬品であればこちらからデータを検索・閲覧することができます。

そのほか、検索で例えば「カテーテル 添付文書」としても出てきますし、各企業がホームページで公開していたりします。

是非一度、気になった医療機器を検索してみてください。