バイオ・医薬

ジカウイルス用mRNAワクチンの翻訳準備

前回、新型コロナウイルス用ワクチンとしてのmRNAワクチンについて調べました。

これは、「何かしら新型コロナウイルスと関連のある明細書を訳してみよう」と思ってはじめたのですが、訳す明細書は「ジカウイルス用mRNAワクチン」にしました。

出願人は新型コロナウイルス用のmRNAを開発しているModerna社なので、同じようなコンセプトで開発をしているのではないかと思い、選択しました。

明細書詳細

PCT Publication No. : WO2019055807A1

Publication date : 2019-03-21

Applicant : MODERNATX,INC

Espacenetの該当明細書へのリンク

今回の記事は、翻訳開始前に行った下調べについてのメモです。

 

明細書中のキーワードを把握する

どんな案件であっても、翻訳する前はざっと原文の内容を見るかと思います。

特許明細書であれば、頭から全体をザッピングして、明細書の構造を確認しつつ、ざっくり何が書いてあるかつかみます。

その後、EKWordsというソフト(無料です)を使用して、重点的に調査するキーワードを抽出しています。

余計な部分(配列や段落番号など)を省いた原文を左側(赤枠部分)に貼り付けて、「解析」をクリックすると、青枠部分に出現数が多い順にキーワードが抽出されます。

このままでもよいのですが、Excelなどに落としたほうが何かと便利です。

青枠の左上部分をクリックすると抽出結果の全選択ができるので、Excelへコピペします。上位にきているものは大抵、今回のように「some embodiments」のようなお決まりの言葉だったりします。

 

それらを抜かした、内容に関わりそうな頻出語、要調査語(わからない言葉)などをピックアップします。

今回の上位15ワードはこんな感じになりました。画面一番右のアスタリスクが要調査、その左が頻出語です。頻出語でソートしています。

これと、Abstractを照らし合わせると、なんとなくこの明細書の中心が見えてきます。

Abstract

Provided herein are Zika virus RNA vaccines comprising an open reading frame (ORF) encoding a Japanese Encephalitis virus (JEV) signal peptide fused to a Zika virus prME protein and methods of producing an antigen-specific immune response in a subject.

そのままざっくり訳してみますと、ジカウイルスprMEタンパク質に融合した日本脳炎ウイルス(JEV)のシグナルペプチドをコードするオープンリーディングフレーム(ORF)を含むジカウイルスRNAワクチンと、対象において抗原特異的な免疫応答を引き起こす方法が提供される、ということですね。

EKWordsの結果でもprME、ORF、JEV signal peptideあたりは上位に来ているので、ここをつかんでおくことが必要と判断できます。

この時点で、唐突に出てきた日本脳炎ウイルスについては、恐らくジカウイルスから見たら外来(異種)のタンパク質になるので、それが免疫原性を高める役割をして、従来よりも優れたワクチンを提供できるのだろう、と推測しました(過去読んできた明細書の中でも、似たような流れのものがいくつかあったからです)。

 

EKWordsの抽出結果と、Abstractの中で意味がわからないものは、「prME(protein)」です。これはジカウイルスについて調べればわかりそうです。

 

ジカウイルスとは

ということで、ジカウイルスについて一般的なことをWikipediaやら厚生労働省の資料やらで調べました。

ポイントだけまとめます。

  • フラビウイルス科に属するエンベロープを有する+鎖のRNAウイルス
  • ジカウイルスを媒介する蚊に刺されることで発症
  • 症状は発熱、筋肉痛、結膜充血など。症状は軽く、60%~80%が無症候性
  • 妊婦が発症すると、胎児に水頭症発症の可能性。その他、四肢に麻痺を起こすギラン・バレー症候群の原因の疑いあり
  • 2015年~2016年にアフリカ~アメリカで大流行した
  • 現在でも有効な治療法・ワクチンは存在しない

ジカウイルスの構造は次のようになっています。

(出典:https://microbiologyinfo.com/zika-virus-structure-genome-symptoms-transmission-pathogenesis-diagnosis/)

 

肝心のprME proteinについては次の図の出典の記載と、フラビウイルス科全体に関する論文(http://jsv.umin.jp/journal/v61-2pdf/virus61-2_221-238.pdf)からわかりました。

(出典:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6267279/)

上の図は、ジカウイルスゲノムがコードしているタンパク質を示しています。

1本の長いタンパク質(ポリタンパク質)上に、C(カプシドタンパク質)、prM(Mタンパク質の前駆体)、E(Eタンパク質)という3つの構造タンパク質(上記緑色部分)と、それ以外の7つの非構造タンパク質(青色部分)がコードされています。

この「タンパク質になる部分がコードされている部分」が頻出キーワードにも出てきた「オープンリーディングフレーム(ORF)ですね。そしてUTRはORFの両端の「非翻訳領域(翻訳機能調節などの役割を果たす、タンパク質に翻訳されない領域)」です。

成熟した粒子として形成される前は、prMはEは隣接しておりヘテロ二量体を形成している状態で、これがprMEです。prMEは成熟粒子になる過程で切断され、ホモ二量体のEタンパク質が形成されます。

このprMEがワクチンの標的抗原となる重要なタンパク質のようです。

 

あとは、「JEV signal peptide fused to a Zika virus prME protein」について、なぜ日本脳炎ウイルスのシグナルペプチドを融合させるのかが若干気になりますが、明細書のSummaryの出だしに、

Experimental results provided herein demonstrate an unexpected improvement in efficacy with Zika virus (ZIKV) RNA vaccines encoding a Japanese encephalitis virus (JEV) signal peptide fused to a ZIKV prME protein.

「融合させたら予想外にワクチンの効力が向上した」と記載があるのでここは突っ込まないでおきます。

シグナルペプチドは、タンパク質の「行き先」を表す役割をしているので、この「行き先」を示す部分をジカウイルス固有のものではなく外来のものに差し替えることで、タンパク質の産生の状況が変わるのだろう・・・くらいにひとまず考えておきます。

 

その他気になる用語をいくつか調べ、Backgroundをもう一度読みます。

ざっくりジカウイルスがどんなウイルスか、ジカウイルス感染症の危険性、安全で有効なワクチンが求められていることが記載されていました。

ここまでの理解は、次の通りです。

発明の目的:安全で有効なジカウイルスワクチンの提供

そのための手段:日本脳炎ウイルスのシグナルペプチドをprMEに融合させたmRNAワクチンを設計

得られる結果:(summary部分の記載から)他のワクチンよりも少ない投与量で有効となるジカウイルスワクチン

 

mRNA関連の明細書

前回の記事で、mRNA関連の技術でポイントとなるのは「DDS技術、免疫応答と翻訳効率を向上させる技術、mRNA自体の免疫原性を低下させる技術」であることがわかり、これらが実際の明細書に登場しているかどうか、確認してみました。

mRNAワクチン関連の明細書は外内出願のものがほとんどで、しかも何百ページにもわたる長いものばかりだったので、かいつまんでしか見ていませんが、やはり、mRNAが不安定なため、安定した送達を目標としたキャリアの化学組成に関する特許が多かったです。

その他気づいたことを挙げておきます。

  • 背景として、DNAワクチンと比較して挿入変異のリスクがないことをmRNAワクチンのメリットとして挙げている明細書が多い
  • 感染症のワクチン用途だけではなく、癌治療用、他の免疫療法との併用などの用途も目立つ

 

癌抗原の発現の状況は個人個人異なるので、確かに、必要に応じてmRNAの配列を変えればよいmRNAワクチンは、癌治療などの個別化医療と相性がよいということがわかりますね。

 

この分野は海外が先行している、というのが特許出願状況にも表れていました。

日本企業でmRNAワクチン単独に焦点を当てているのは、前回の記事にも登場した部分2本鎖RNAのmRNAワクチンの明細書くらいしか見当たりませんでした。

 

ということで、あとは訳しながら適宜確認していくとして、翻訳作業に入っていきます。