特許を読み解く

もやもやっとする明細書

こんにちは。

今日は昨日読んだ日本語の明細書について、書きながらちょっと整理していきたいと思います。

この明細書には「先行技術文献」が1件記載されており、どこがどう変わっているのだろうと比較しながら読みました。

 

内容が完全に理解できていないからかもしれませんが、読んだ後どうももやもやしました。

というのも今回の発明が、従来技術より優れている、と数値的に言えているのかどうか。

そもそも従来技術に対して「課題」といっている箇所は本当に課題と言えるのか、がよくわからなくなったからです。

 

明細書の内容

ということで、明細書の内容の紹介からです。

「もやもや」にフォーカスするので、かなり端折って説明します。

【公開番号】特開2014-64703(P2014-64703A)
【公開日】平成26年4月17日(2014.4.17)
【発明の名称】磁気共鳴イメージング装置及び画像処理装置
【出願人】株式会社東芝

【課題】造影剤を用いずに腫瘍の良悪性を高精度に鑑別することができる磁気共鳴イメージング装置及び画像処理装置を提供する。

ここでの腫瘍は、主に乳房にできる腫瘍を指しています。

磁気共鳴イメージング装置(MRI)によって乳房の血液を描出し、得られた画像から腫瘍の良悪性を判断するという装置です。

具体的にどのように判断するのかというと、腫瘍周辺の血管を含む領域を複数回描写して、「輝度値」という値で評価します。

輝度値は描写される血液が多いほど高くなります。

あらかじめ取得しておいた、診断対象の反対側の乳房における同一範囲の「輝度値」をもとに、「これ以上の輝度値であると悪性の可能性が高い」という閾値を設定します。

そして、実際に描出した複数枚の画像に対して、閾値からどれだけ離れているか、閾値を超えているものの枚数がどれだけあるかによって、良悪性を判断します。

(特開2014-64703の図5より。黒丸は診断対象の乳房に関する血流画像の輝度値、白丸は反対側の乳房に関する血流画像の輝度値、Tは閾値)

 

例えば、下記の写真(特開2014-64703の図7)では時間の経過別の5枚の写真のうち、4枚で輝度値が閾値を超えていいます。そのため悪性度は高いと判定されています。

対して、下記(特開2014-64703の図8)では5枚中1枚のみ閾値を超えているので、悪性度は低いと判定されます。

従来技術との比較

この明細書では、先行技術文献として次の明細書が挙げられています(これ以降この先行技術文献の発明を従来技術、上に挙げた明細書を本発明といいます)。

<先行技術文献>
【公開番号】特開2010-201154(P2010-201154A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【発明の名称】磁気共鳴イメージング装置
【出願人】株式会社東芝

【課題】より安全かつ時間分解能および空間分解能の制限を受けることなく被検体内の腫瘍が良性であるか悪性であるのかを容易に鑑別するための血流情報を収集することが可能な磁気共鳴イメージング装置を提供することである。

従来技術では、本発明と同じ方法で造影剤を用いず血管を描出しています。

違うのは、その評価方法です。

従来技術では、「腫瘍が悪性であると、栄養血管からより早い速度で栄養される」という前提に基づき、より早い段階で信号強度が強くなる、つまり次のグラフの通り、時間を横軸に強度を縦軸においたグラフの角度が急なほど悪性度が高いと評価しています。

(特開2010-201154の図6)

 

これについて、本発明では「その評価方法は不正確では?」とつっこんでいます。

ここは少し長いのですが、引用します。

【0034】
また、NC-BMRIによる腫瘍の鑑別方法では、前述したように、腫瘍は悪性である場合に、良性である場合と比べてパフュージョンカーブの傾きが大きくなると想定されている。この想定は、腫瘍が悪性である場合には、栄養血管からより早い速度で栄養されるという前提に基づくものであるが、この前提は、造影剤を用いた場合に成り立つものと考えられる。つまり、造影剤を用いた場合は、造影剤は、栄養血管からの物理的な流入によって腫瘍に取り込まれるだけでなく、癌細胞の貪食作用による細胞の取り込みによっても腫瘍に取り込まれるので、腫瘍が正常領域よりも早い速度で栄養されるという前提が成り立つ。しかし、腫瘍に入り込む栄養血管だけを観察するNC-BMRIでは、必ずしもこの前提は成り立たないと考えられる。このことから、NC-BMRIによって得られる線形のパフュージョンカーブの傾きから腫瘍の良悪性を鑑別することは難しいと考えられる。(特開2014-64703より)

「NC-BMRIによる腫瘍の鑑別方法」が従来技術を指しています。

先行技術がその評価方法の前提としている「腫瘍が悪性であると、栄養血管からより早い速度で栄養される」について、

「その前提は造影剤を使用する時に成り立つのであって、従来技術では成り立たないのでは」と疑問を投げかけています。

そして、次の段落に続きます。

【0035】
このような従来技術における課題に対し、第1の実施形態に係るMRI装置100は、新しい観点で、造影剤を用いない腫瘍の鑑別方法を提供するものである。具体的には、第1の実施形態に係る腫瘍の鑑別方法は、腫瘍が悪性化する際に、悪性度が上がるほど血管新生が盛んになるという事実に基づいている。

【0037】
図2の(a)~(f)に示すように、腫瘍は、悪性化を始めると徐々に血管が新生され、さらに、癌細胞が増殖する(悪性度が上がる)につれて、血管が発達した腫瘍となる。このように、腫瘍の悪性化には、必ず血管新生が伴う。したがって、腫瘍の良悪性は、腫瘍に栄養を供給する栄養血管の血流速度ではなく、栄養血管の本数に依存すると考えられる。

上記【0037】の図2です。

1が腫瘍、2が栄養血管、3が新生された栄養血管、4が新たな腫瘍、5が4に伴って新生された栄養血管を示しています。悪性化が進むと血管が多く、太くなるのがわかります。

「腫瘍の悪性化には、血管新生が伴う」ということは事実であるので、血管の本数が多いほど腫瘍が悪性化していること、そして良悪性の判断に「その領域にどれだけ血液が存在しているか」を用いることには納得がいきます。

もやもやポイント

もやもやしたのは、次の2点の疑問によります。

(1)従来技術における課題は本当に課題なのか

本明細書における「従来技術における課題」とは、「線形のパフュージョンカーブの傾きから腫瘍の良悪性を鑑別することは難しいと考えられる」ことだと思うのですが、あくまでも「考えられる」という推測で、それを裏付けるものがありません。

(2)「高精度」の根拠はどこにあるのか

本明細書では「悪性度が上がるほど血管新生が盛んになるという事実」に基づいて、確かに「新しい観点で造影剤を用いない腫瘍の鑑別方法を提供」しています。

もやもやポイントその2は、それが本発明の課題として挙げられている「腫瘍の良悪性を高精度に鑑別すること」の「高精度」であるかどうかを、どこから読み取れるのかがわからないことです。

比較例を用いて比較しているわけではないので、「本当に精度が高いと言えるのか」というなんとなくすっきりしない感が残りました。

 

他の類似特許を読めていないのと、医学・バイオの知識が足りていないことでまったくとんちんかんなことを言っているかもしれません。

本明細書は拒絶査定を経て特許されていますが、拒絶査定の際にもこの「高精度」には特に突っ込まれていませんでした。

この明細書については「?」の付箋をつけて次にいきます。