訳語確定の試行錯誤

中国語の画像所見「支气管截断」(気管支切断)ってどういうこと?

こんにちは、asaです。

中国語から日本語の翻訳をしていると、漢字につられてついうっかり誤訳しそうになることがあります。

「新闻」を「ニュース」でなくて「新聞」と訳してしまうようなミスですね。

 

先日もそんな単語に出くわしました。

それが、「支气管截断」という言葉です。

直訳すれば「気管支切断」、あるいは「気管支遮断」といったところでしょうか。

X線検査やCT検査での所見なのですが、決して本当に気管支が折れているわけではありません!

では一体、何を示しているのでしょうか。

今日はこの「気管支切断」の謎に迫ります。

 

「どういうこと?」と思う言葉はだいたい中国人も疑問に思っている

翻訳の仕事中にも、当然わからない言葉はいろいろと出てきます。

そもそも辞書に載っていない言葉だったり、今回のように載っていてもしっくり来なかったり。

 

そんな時はまずはネットで検索しますよね。

中国語であれば、私はまず百度(Baidu)という中国の検索エンジンを使います。特に簡体字であれば、Googleよりも検索結果が断然多いからです。

で、BaiduでもGoogleなどのようにサジェスト機能があります。

私の悩んでいることはだいたい中国人の皆さんも悩んでいます。

なので、「支气管截断」と入れるだけで、いろんなヒントが見えてきます。

一番上のサジェストは「支气管截断ってどういう意味?」ですが、その次の「支气管截断征」はかなりいいヒントになりました。

 

「征」は日本語に直すと「徴」という漢字になり、意味も「徴候、徴兵、募る」などになります。

X線検査(レントゲン)やCT検査の画像所見として出てくる「征」は、「徴候」の意味となり、あえて訳すならば「サイン」でしょうか。

意味としては「何かを示している特徴的な画像所見」です。

シルエットサイン(中国語で「边缘掩盖征」など)が有名です。

シルエットサインについては今回は詳しく触れませんが、「組織とX線吸収率が同じくらいの腫瘍などが組織と接することで境界線が見えなくなる所見」を指していて、シルエットサインの有無で、病変の位置を推測することができます。

 

なので、「支气管截断征」も、恐らくは何らかの特徴的な所見を示している言葉だろうと推測がつきます。

 

「支气管截断征」とはどんな状態?

今回はBaiduサジェストで出てきた、「支气管截断征」でまず検索してみました。

すると、次のような検索結果になりました。

 

まず、検索結果(赤色矢印部分)が82,000件「しか」ヒットしなかったので、それほどメジャーな表現ではないことがわかります。

82,000件って多いように感じるかもしれませんが、14億人近い人口でBaiduはシェア7割の検索エンジンなので、メジャーな言葉はもっとヒットします。

例えば先ほどの「シルエットサイン(边缘掩盖征)」は6,420,000件です。

 

そして肝心の意味ですが、これも検索結果を眺めていたらだいたいあたりがつきました。青線で引いた部分がだいたい同じことを指しています。

青線部分をざっくりまとめると、「腫瘍組織が気管支粘膜で成長して気管支を塞ぎ、それによって気管支の先の肺胞に空気が届かなくなること」を指しているのだとわかりました。

 

であれば、「気管支閉塞」がもっとメジャーな言い方なのではないかと思い、「支气管闭塞(気管支閉塞)」で再度Baidu検索をかけると、5,150,000件ヒットしました。

先ほどの82,000件とは桁違いです。

「支气管截断」と「支气管闭塞」が同じ内容を言っていることを確認してから、日本語側でも「気管支閉塞」で調べます。

すると、「左主気管支内の腫瘍による気管支閉塞を認めたため~」という記述を、日本肺癌協会のポスターセッションの記事で見かけました。

恐らくこれで間違いないでしょう。

 

病院の症例紹介ページにも、次のような画像と説明がありました。

(出典:http://www.teramoto.or.jp/teramoto_hp/kousin/sinryou/gazoushindan/case/case73/index.html)

解説(一部引用):右上葉が完全に無気肺化すると、肺尖部〜気管右壁にへばりつくように濃厚な陰影を形成するが、肺癌などで気管支閉塞が徐々に進行するような場合には、無気肺と共に閉塞性肺臓炎を伴うことが多い。(寺元記念病院画像診断センター 日々の症例 より)

これをもとに、少しどういうことか説明してみます。

X線検査は、各組織のX線吸収率の違いを利用することで異常を発見する検査です。

X線が吸収された箇所が白く写るので、X線吸収率が高い組織ほど白く、低い組織ほど黒く描写されます。

胸部X線では、X線吸収率の高い骨が濃い白になり、X線吸収率の低い空気は黒くなります。水、脂肪などの他の組織も、それぞれの吸収率に応じて白っぽく描写されます。

(出典:http://etrt.sakura.ne.jp/NT07kato.htm)

 

腫瘍などによって気管支が閉塞されると、そこにまず脂肪濃度の腫瘍が白い影として確認されます。

そしてさらに、その閉塞箇所から末端に向けて空気が届かなくなることから、もともと空気が多くて黒かった部分が白っぽくなっていきます。

先ほどの画像でみると、白矢印部分に腫瘍の影、そしてそこから先の部分が、他の部分に比べて白っぽくなっているのがわかりますね。

肺に空気が届かなくなる「無気肺」にはいろいろな原因があるのですが、その一つがこの気管支閉塞による「閉塞性無気肺」です。

 

閉塞が起こることで、閉塞が起こった側の正常な肺胞が閉塞した箇所を補うように空気を取り入れようと頑張ってしまい、過膨張します。

その結果、気管が曲がったり、横隔膜が肺に引っ張られて上に上がる現象が起こり、これらもX線検査の所見として現れます。

(出典:https://www.hanakonote.com/byoutaiseiri/mukihai.html)

 

過膨張した所は空気を通常より多くとりこんでいることになりますので、正常部位よりも黒く映ります。

これらの画像所見を総合することで画像診断が行われ、疑いがあれば更に別の画像診断や病理診断を行うことになります。

 

 

まとめ

中国語の画像所見の表現のひとつ「支气管截断」は、気管支が腫瘤などによって閉塞されている状況を示した言葉です。

手術で物理的に気管支を切断していない限り、気管支が切断されていることを示しているわけではありません。

画像所見そのものは「世界共通言語」ですが、その所見をどのように言語として表現するかは様々です。

 

画像所見の持つ意味がわかると、「ついうっかり」な誤訳の防止にもつながります。

そして何より、無味乾燥な検査報告書が少し楽しく読めますよ。