読書

トライアル見直しとクリティカルシンキング

先日、数日掛けて不合格だったトライアルの見直しを行いました。

今回の見直しでは、「なぜこの凡ミスに見直しの時に気づけなかったのか」が最大のテーマでした。

その時に、最近読んだ「論理的思考のコアスキル」という本で書かれていた、物事に対して「本当に正しいのか」と疑問を持ち検証する「クリティカルシンキング」の話を思い出しました。

「クリティカルシンキング」を学んだらミスが減るだろうか、今後どうすれば同じようなミスを防ぐことできるのか、について考えたことをまとめます。

 

トライアル見直しの総括

まず、トライアル見直しの結果、どうだったかをまとめます。

「翻訳会社の方々、貴重な時間を無駄にさせて申し訳ありません」と言いたくなる状況でした。

「落ちるべくして落ちた」トライアル

これまでトライアルは9社受験し、今回を含めて合格5社、不合格4社という結果です。

不合格トライアルについては、これまですべて振り返りを行ってきました。

 

3社目の不合格トライアル振り返り時の気づきについては、次の記事にまとめています。

翻訳トライアル提出前に確認したいたったひとつのことこんにちは、asaです。 今日はトライアルにまつわる、「わたし」のちょっとしたお話をしてみようかと思います。 これからトライアルを受...

 

実は「提出当初と振り返り時の自己評価の差」という意味では、今回がダントツでひどいという結果になりました。

なぜかというと、初歩的な文法や単語の解釈ミスが散見されたからです。

そして何より、複数ある課題のうち「これは問題ない」と思っていたものに「一発退場」級のミスが複数見つかったからです。

 

落ちるべくして落ちたトライアル」でした。

これまでの学習、翻訳、トライアルへの向き合い方に問題があったことは明らかです。

深く自分を恥じました。

 

ミスの種類とその対策

今回の課題文に関しては背景知識をそれほど必要とするものではなく、その課題文の中の情報をいかに正しく読み取り、日本語として過不足なく表現するかに焦点が置かれていました。

今回目立ったのは、単語・フレーズベースでの解釈の誤りと、時制の矛盾でした。

 

当初、辞書を引いていなかった(正しいと思い込んでいた)ものもあります。

時制については、かなり場面設定が複雑(時系列が飛び交うような)課題文では紙に時間軸を書きながら起こったことを記載して理解していたため、ミスはありませんでした。

相対的に複雑ではない課題文については、頭の中で組み立てるだけで納得してしまっており、それがミスにつながりました。

時制に関する問題については文法をきちんと理解し、注意していればそもそもミスは起きなかったのですが、課題文を時系列の中で落とし込んでいけば、気づけたミスでした。

 

今回のミスに対して、次のような対策を取りました。

  • 解釈を間違えた単語・フレーズについてはJust Right!へ登録する
  • 問題のあった前置詞についてのみチェックする工程を設ける
  • 時制が合っているかをチェックする工程を設ける
  • 「理解できている」と思っている文章であっても、図解・フローチャート・時系列でまとめるなど、可視化する

 

そして、穴がある文法理解力については、次の通り対応します。

  • 翻訳の布石と定石」で差を見つめつつ、理解が足りていないと思う箇所は文法書を読み補充する

(文法書はいくつか持っていますが、他の受講生もおすすめしていた「英文法解説」を主に参照しています)

  • ビデオセミナー3333号(化学英語を強化する)で紹介されていた本で、岡野の化学を学習しつつ明細書と連動させて、文法理解力を高める

今は「翻訳の布石と定石」で出てくる表現をgoogle patentsで探して、どのように使われているかを確認をする、という方法で学習しています。

化学英語の本でも同じように(そして、こちらをメインに)実際の使われ方と紐付けて文法力を強化していきたいと考えています(本が届いていないのでこれからですが)。

 

今回も、ミスはそれぞれ「知子の情報」に入れ、マインドマップでグルーピングして、都度意識するように見える所に貼りだしています。

でも、これで本当にミスが減るのだろうか、と少し立ち止まりました。

 

というのも、今回のミスは見直し当時「まったく違和感を感じていなかった」からです。

 

論理的思考とクリティカルシンキング

トライアル提出時に時間を空けて、何度も見直しをしてもスルーしてしまったミス。

不合格とわかって、「どこかに必ず間違いがある」という目で見るとなぜこんなにあっさり見つかるのだろうか、と今回は特に思いました。

 

そして、どうしたら同じくらい冷静に、提出前のチェック時に見直せるのだろうかと考えました。

 

その時に最近読んだ「論理的思考のコアスキル」という本の記述を思い出しました。

脳には本質的に間違える性質があり、「それは本当に正しいのか」と問いかけ検証するクリティカルシンキングが論理的思考には必要となる、といった内容です。

この「クリティカルシンキング」の方法を翻訳チェックに応用できないかと考えました。

 

論理的思考のコアスキル」は論理的に考えるとはどういうことかについて、そもそも論理とは何か、思考とはなにかから解説しています。

そしてどのように論理的思考の能力を高められるのか、についても具体例とともに記載されていますので読みやすいです。

本に出てくる図やフローチャートも、四角と線と丸、くらいでとても簡単なものなのですが、概念の整理方法の参考になります。

 

ここでは、論理的思考とは何か、そしてなぜクリティカルシンキングが必要なのかを少しだけ紹介します。

 

論理的とは根拠と結論をつなぐ論理(思考の道筋)が、客観的妥当性を持っていることを指します。

手書きのノートからですが、根拠、結論、論理の関係は次の図の通りです(ちなみに本でも、考える時には手書きが一番だと書かれています)。

例えば「気温が0度以下になった(根拠)→(だから)→ 水が凍った(結論)」というのは、「0度以下で水は凍る」という科学的根拠、つまり客観的妥当性に基づいているため、論理的な文章と言えます。

(ただし、0度で凍らない場合もあるので、厳密には論理性に欠けるとも言えますが)

 

例えば「気温が0度以下になった(根拠)→ 水風呂を浴びる(結論)」という文章は、恐らくほとんどの日本人にとっては論理的な文章ではないはずです。

ですが、仮にそういう習慣がある地方があるとすれば、その地方では「客観的妥当性」が担保されるので、論理的な文章と言えます。

 

ただ、「脳は間違えるようにできている」ため、しばしば論理的でない思考に対しても、論理的に思考したと思い込んでしまいます。

瞬間的に頭に思い浮かんだ「結論」から、都合のよい「根拠」を探し出して「根拠と論理」を結びつけてしまい、「論理的に思考した」と思ってしまうのです。

 

・・・と聞いて、なんとなく思い当たる節はないでしょうか。

私は思い当たる節、ありまくりです。

今回のトライアルでも、無意識に「自分の訳語が正しいと裏付ける訳例」ばかりを探していて、他の使われ方が同じ文脈で多かったとしても、その選択肢を早々に排除してしまっていてミスにつながっていました。

 

このように、「脳には間違える性質がある」ことを踏まえた上で、「それは本当に正しいのか」と検証するのがクリティカルシンキングです。

本の中では、次の3点からの検証が紹介されていました。

  1. 根拠が妥当であるか
  2. 論理が妥当であるか
  3. 結論と現実との整合性のチェック

どういうことかを、次に「翻訳チェックに応用した場合どうなるか」と考えながらみていきます。

 

クリティカルシンキングと翻訳チェック

根拠が妥当であるか

根拠とされるデータに誤りがあったり、集め方に偏りがあったりするとその根拠の妥当性は低くなります。

 

訳文を生成する過程に置き換えてみると、根拠は原文に書いてあることや辞書などの参考にしたものを指すと考えます。

結論は訳文、論理は訳出過程ですね。

 

誤りの少ないデータというのは、より一次情報に近いデータ(加工度の低いデータ)のことを指します。

翻訳対象文書に関連するガイドライン、学会、メーカーのサイトなどがこれに当たると考えます。

個人のサイトや質問サイトの情報は、やはり情報提供者がどのような背景を持っているのかわからず、バイアスのかかっている情報になっている可能性があるため、根拠の妥当性は一般的に低くなると言えます。

 

根拠に偏りがないかどうかについては、翻訳でいえば、例えば同業他社のサイトでも同じ言葉が使われているのか検索することでチェックできますね。

 

論理が妥当であるか

根拠は妥当であっても、思考の道筋が間違っていたら正しい結論には結びつきません。

本では、論理の妥当性について、相関関係にあるものを因果関係とみなしてしまうことが例として挙げられています。

例えばですが、

「翻訳講座Aを受講した10名は、ある翻訳会社のトライアル突破率が他講座の受講者10名よりもよかった」という情報があったとして、

そこから「翻訳講座Aを受講すればトライアルに合格する確率が上がる」と結びつけてしまうのは、論理的妥当性に欠けているということになります。

受講とトライアル突破率に関連はある(単純相関関係)としても、受講したから合格率が上がった、という因果関係にはないからです。

 

これを防ぐためには、論理が成立する他の選択肢がないかどうか検討する、という方法が紹介されています。

上の例でいけば、「たまたまトライアルを受けた人が優秀な人だった」などがそれに当たります。

 

さて、これを翻訳チェックにどう活かせるだろうかと考えましたが、これはなかなか難しいです。

「その訳語以外に考えられる訳語はないだろうか」と考えるということになるのですが、いちいち一つの単語の膨大な用例を検討するわけにもいきません。

 

文と文との関連性のチェックであれば、やはり図解したりフローチャートにしたりすることが、自分の思い違い(他の選択肢)に気づくのに有用ではないかと思います。

 

結論と現実との整合性のチェック

論理とその根拠が妥当であれば、導きだされた結論も自然と妥当なものになります。

 

本では、根拠も論理も100%正しいものはないために、結論も「完全に正しい」と言える保証はなく、またそれを証明する手段もないと書かれています。

ただ、結論と矛盾する事実(反証例)があれば、導きだされた結論が誤っていることはわかります。

 

例えば「1年間、毎日10時間勉強すればトライアルに合格する」に対して、「1年間、毎日12時間勉強したがトライアルにまだ合格できていない」などが反証例として挙げられるとすれば、その結論は誤っている(論理か根拠が誤っている)と言えます。

 

この考え方はチェックの時にも応用できるかと思います。

同じような文脈で使用されているのに、違う訳出がされている例が複数あれば、「多分この用語ではない」というチェックが働きます。

 

例えば「uncontrolled study」という言葉があります。

臨床試験の文脈では「非対照試験」(比較対照を設けない試験)ですが、これを仮に「非制御試験」と訳していたとします。

この場合、英文側で使用例を探してみたり、「uncontrolled」と「臨床試験」など他の用語で検索をしてみたり、「controlled study」ならどうだろうか、などと条件を変えて検索してみると、自分の思い込みに気づけることがあります。

 

ミスを減らすための根本的な方法

ここまで、クリティカルシンキングについての紹介を交え、翻訳のチェックに使える手法がないだろうかと考えてきました。

実は、ここまでいろいろ考えてきて、この手法では「違和感を感じなかった翻訳ミス」をなくすための根本的な解決にはなりにくい、というのが私の結論です。

 

翻訳は、基本的にこれまでの知識と経験に基づく直感的な判断によって行われる作業だと考えています。

その膨大な直感的な判断のひとつひとつを確認するのは現実的には不可能です。

 

もちろん、直感的判断には誤りがどうしても混じるため、見直しで個別に論理性をチェックすることは有益だと思います。

ただ、直感的判断のミスを極力減らすために、その判断の精度を高めることが取るべき根本的な方法ではないか、つまり、知識と経験を蓄積することがやはり近道なのではないか、と考えました。

 

先ほどの「uncontrolled study」にしても、そもそも臨床試験について理解していれば間違えようがないですし、例えばバイオ系実験の「ポジティブコントロール(陽性対照)」について知識があれば、仮に「uncontrolled study」を知らなくても、このcontrolledも同じ意味かも、と推測がつきます。

 

知識の点と点を多く持つこと、そしてそれを瞬時に結びつけられるだけの経験(資料を読む、翻訳経験を積むなど)があれば、違和感フィルターも強化されてミスに事前に気づくようになるのではないかと思っています。

 

おわりに:失敗が財産であることを実感するとき

今回の振り返りで得たものは下記の通りです。

  • 自分の弱点(今後強化すべきポイント)
  • ミスを減らすには、学習量に裏打ちされた知識と経験で違和感フィルターを強化するしかない
  • 上記2つの気づきからの、基礎からちゃんと積み上げなくてはならないという決意

いろいろ考えて、最終的にいつもの「内容理解力がすべて」に戻ってきた感じです。

 

トライアルを振り返ると上記のようにいろいろな気づきが得られます。

そして、見つかったミスについては、対処できるものは対処すれば次から同じミスの発生は防ぐことができます。

 

例えば、私は過去のトライアルで、提出寸前で訳抜け(1文訳抜け)を発見したことがあります。

これに深く反省して、次の3つの措置をとりました。これは現在の案件の時にも継続しています。

  • カラーマーカーで消し込む(細いペンで消し込んでいたため、消し込まれていない箇所がわかりづらかった)
  • 訳抜けメインのチェックと内容理解メインのチェックを分ける
  • 訳抜けメインは原文を上、訳文を下にしてチェック、次のチェックはその逆で

 

これまで、それ以降のトライアルや実ジョブで訳抜けは恐らくなかったはずです。

この「訳抜け未遂事件」がなければここまでの対策をしなかったかもしれませんし、それによって実ジョブで訳抜けをしていた可能性もあります。

そんな感じで、最近ようやく「失敗は財産」を実感するようになりました。

 

今回の失敗も財産に変えて、次は上位でのトライアル突破を目指します。