仕事の記録

特許翻訳者になって1年経過時点のまとめ

こんにちは。

特許翻訳者として初案件を受注してから、約1年が経過しました。

これまでをまとめつつ、課題と今後の方針をいろいろ考えていました。

特に、これから本格的に仕事を始められる方向けに、1年経過した時点で思う「やっておいてよかったこと」「やるべきだったこと」なども書いていきます。

自分のまとめも兼ねていてかなり長くなると思うので、アドバイスを一言でいうと

「とにかく前のめりでやっていこう、何とかなるから」

です。

 

概略

この1年間、ほぼ「英日特許明細書の翻訳」をしていました。

分野は9割方バイオ・医薬系で、その他が化学系のものです。

フルタイムのフリーランスです。一人暮らしなので、死ぬほど仕事できる環境にいます。

死んだら死後○ヶ月経過とかに冗談抜きでなりそうなので健康には気を付けています。

 

時給推移

これまで特許明細書を計20件納品してきました。

原文ワード数と時給換算の金額を下のグラフにまとめました。

右軸は時給です。最高で2575円でした。

ワード数は数字としては記載していませんが、一番長いので7万ワードほどです。

表のワード数は、案件の実際のワード数ではなく支払い対象ワード数に引き直したワード数(支給されたメモリのマッチが多かったり繰り返しが多いと実際のワード数より下がります)なので、あくまで参考程度です。

まあまあ上がっているといえば上がっているのですが、後半がくっと落ちている部分があります(14と18)。これは、新規取引先案件だったので時給度外視でとにかくベストでの納品を目指したからです。

 

この14と18を除いてみると(ちょっとずるいですが)、時給はほぼ右肩上がりになってきているのがわかります。順調ですね!

・・・といいたいところですが、いくつか問題があります。

まずは、後半の15でがくっと下がっているところ。これは一言でいえば「手間がかかる問題児」案件でした。

グラフ上では目立たないですが、19もまた別の理由で「地雷」な案件でした。「ちらりと見えていた地雷」を踏んづけた形だったので(抽象的な表現ばかりですみません。いつか別途記事にするかもしれませんが)、「案件引き受け基準」を明確にするきっかけになりました。

「時給としておいしそうだから引き受ける」というわけでなく、「明らかに損になる案件」は受けないという趣旨です。

 

そして、もうひとつの問題は「現状のレート・処理スキームでは時給はおそらくほぼ頭打ちだろう」ということです。

現状、見事に「時給2600円の壁」に阻まれています。

案件によっては2800円くらいまではいけそうな気がしますし、じわじわ上がっていくかもしれませんが、例えば、平均して3000円を目指せるかというと現状ではまず無理です。

このあたりは後でもう少し触れます。

 

逆に、時給が(結果的に)よかった案件の特徴は何かというと、

  • 比較的ワード数が多い(3万ワード以上)
  • 繰り返しやファジーマッチが多い(繰り返し分のディスカウントよりスピードアップできるメリットの方が現状は大きい)
  • 内容でつまづくところが少ない(調べ物が少ない)

といったところです。当たり前といえばそうかもしれませんが。

ただ、さっぱりわからずに調べまくった時間やひたすら薬剤名を調べて登録しまくった時間が、他の案件での時間節約につながっている面もあるので、全体として上昇傾向にあれば、1件1件の案件の時給にはあまり一喜一憂する必要もないなとは思っています。

もちろん、なぜ時給換算で今回はよかったのか、あるいは悪かったのかの原因分析と対策をすることは大切だと思います。

 

売上推移

この1年間の売上推移です。

結果的には毎月売上が立っています(納品のタイミングでばらつきはあるのでそこまでは気にしていません)。

月商の目標も一応は設定していますが、四半期、半年、そして1年でクリアできるかを確認しています。

今年も早くも第1四半期が経過するところですが、1月、2月の遅れを3月、4月で挽回したのでどうにかクリアできているところです。

 

この1年間、一度も「手持ち案件がなくなる」ということがありませんでした。

これは、始めの方の案件で「まあいけるやろ」と思って頂いたのももちろんありますが(始めは納期きつい案件も「やります!」てやってました)、単純にこの分野の案件数が多いからだと思っています。

ちなみに、今月も怒濤のごとく新規案件の打診が来ていました(私に、というわけではなく、「とにかく誰か手を挙げて持ってってくれ」というレベルで)。

「いつまでも あると思うな 繁忙期」と思いつつ、現状はこの分野でレベルを上げていく予定です。

生産性の向上を目指して

これまでやってきて、体感として「翻訳そのもののスピードは確かにかなり上がったが、チェックその他のスピードはあまり上がっていないのでは」と思っていました。

あとは、「おそらくチェックに時間をかけすぎていて時給が頭打ちになっているのでは」とも思っていました。

実際にいくつか表にして可視化してみて、考えてみました。

 

下記は案件ごとの前処理・翻訳・チェックにかけた時間の割合です。

「翻訳」は純粋な翻訳時間、「前処理」は翻訳に取りかかる前の作業、「チェック」は翻訳完了後の作業(書式を整えたりといった純粋なチェック以外の時間も含む)です。

前処理については置いておいて(今は2~3時間程度です。表の4は少し特殊な案件でした)、翻訳:チェック=5:5~6:4くらいで推移しています。

案件を経験するごとに変化しているというより、しいていえば短い案件はチェックの割合が多くなるかな、ぐらいの関係でしょうか。

 

あとは、「翻訳そのもののスピードは確かにかなり上がったが、チェックその他のスピードはあまり上がっていないのでは」と思っていた自分の感覚が正しいのか表にしてみました(新規取引先の案件2件は除外しています)。

たぶん、もっとわかりやすくなるグラフがある気がするのですが、とりあえずこれで見ると、翻訳時間だけが短縮されたわけではなく、チェック時間も同じようにじわじわ上がっているのがわかります。

生産性が上がってきた理由としては、

  • 読んですぐ理解できることが多くなり調べ物が少なくなってきた
  • メモリや用語集が蓄積されてきた
  • 細かな作業効率化が効いてきた

といったところです。

 

なので、これから同じように細かな改善を重ねて、案件から都度学習していけば少しずつ右肩上がりにはなっていくはずです。

ただ、上で書いたようにそれでは3000円以上を維持できるようなレベルにはならないと思っています。

抜本的なスキーム見直しか、レートを上げる。これらが必要です。

 

仮にレートが現行より2円上がれば、それだけで時給3000円に十分届きます。

現在の取引先で+2円は現実的ではないので、新規開拓が必要になります。

メイン取引先と新規取引先の案件がうまく回るようになってきたら(できれば今年の10~11月頃には)、新規開拓に乗り出す予定です。

 

抜本的なスキーム見直しはどうかというと、こちらもやはり、なかなか難しいです。

ちなみにですが、今のチェックスキームをざっくり書くと以下のようになります(すべてではありません)。

  1. Xbench、スタイルガイド
  2. Tradosのバイリンガルファイルでチェック
  3. JustRight!など
  4. 訳文のみ通し読みその1
  5. 訳文のみ通し読みその2(できれば④から2日ほど空ける)
  6. 納品前チェック(ざっと形式的チェックなど)

②は一番時間がかかりますが、やはり全文訳抜けチェックは必須です。

そして⑤の「一度寝かせてチェッカー目線で読む」のも、現状、訳質を担保するには必須だと痛感しています。ここでミスが見つかることも多いので。

そう思うと、上記のどこもばっさりカットすることはできず、ひとつひとつの作業を集中してやりつつ、細かな改善を積み重ねつつの繰り返しだな、というのが今の結論です。

ただ、2回目通し読みが不要になることを目指して、翻訳時と1回目の通し読み時の完成度を上げていく努力と工夫をしていきます(基本的には、つまづいた箇所、ミスした箇所を記録して、原因を考えて対策する、の繰り返しですね)。

 

この1年、やってよかったこと、やるべきだったこと

最後に、今振り返って、この1年でやっておいてよかったと思うこと、やるべきだったことを挙げてみます。

やってよかったこと

  1. 何でも記録していたこと
  2. とにかく前のめりで仕事を受けたこと

 

①何でも記録していたこと

記録していたからこそ、こうやって振り返ることができるという意味もありますが、それ以外にも大きなメリットがあります。2つ挙げます。

1つは、案件中に気になったこと(ここを自動化できるマクロはないかとか、この資料後で読むとか、ミスした箇所とか、この用語の使い方はメモっておこうとか)をとにかく記録しておくことです。

私は常時「知子の情報」というテキストアプリを立ち上げているのでそこに書き込んでいますが、他のアプリでもふせんでもなんでもいいと思います。

とにかく、作業中はものすごく気になっていたことでも、どこかに記録していなければ、終わったらきれいさっぱり忘れてしまうものです。

忘れてしまうと本当にもったいないので、記録する習慣をつけることは強くおすすめします。

 

もう一つは、記録が目標管理になったり、モチベーションの維持になったりするからです。

これは例えば、1時間に何ワード翻訳したとか、チェックしたとかというかなり細かい部分のログの話です。

これは、後々のために記録するというよりも、ペースメーカー的な役割としてかなり使えます。

「ちょっとやる気が起きない」と思いながら翻訳していて1時間の処理ワード数が仮に「200」と数字で出てくると、「進まない」とただ頭で思っているよりも危機感が高まります。

逆にめちゃくちゃ難しいところにぶちあたって、「200」しか進まなくて軽く絶望していても、「それでも進んでいる。大丈夫」と思えます(思い込みます)。

要は、「200」が多いか少ないかはその時次第で、その数字を都合良く解釈して、自分がスケジュール通りに、そしてストレスを最小限にしながら進めるためのツールとして使えるのです。

 

「今日も明日も数千ワード」というノルマを自らに課してコツコツとひとりで作業を続ける翻訳という仕事を続けるには、メンタルをよい状態に保っておくのはかなり重要だなとしみじみ感じるようになってきました。

記録による可視化は、不安なときややる気がいまいち出ないときなどに自分を客観視できて、本来のパフォーマンスに戻してくれるよい方法だと思います。

 

②とにかく前のめりで仕事を受けたこと

ちょっと無理かも、という案件でも、「ぜーったい無理」でなければ積極的に受ける方向で考えることをおすすめします(もちろん、先方に迷惑がかからないように自己責任でお願いします)。

引き受けてから心臓がバクバクして眠れないような、かなり納期のきつい案件があったのですが、結論から言えばこれまでの何倍速かという速度で進めてなんとかなりました。

そして、その案件以前と以後では明らかに自分に課すレベルが変わりましたし、「あの時できたからなんとかなるな」という自信にもつながりました。

 

納期に余裕があると、「最速で終わらせて空いた時間であれを勉強しよう」と決めていたとしても、なかなか作業のスピードが上がりません。脳が「最速って言っても余裕あるでしょ。知ってまっせ」と余裕をかましてしまうからです。

やはり「納期」のリミットは強力で、明らかに作業スピードが上がります。

ずっと無理しすぎるとどこかでバテてしまいますが、ほどよく「自分に負荷をかける」方が成長につながるのかなと思っています。

 

やるべきだったこと

この1年は、めずらしく大きな反省点は少ないです(細かなところは挙げると切りがないのですが)。

よくやってきたなと自分では思っています。

 

ただ、ひとつ挙げるとすれば「案件後の学習やまとめに時間を割くべきだった」ということです。

どうしても納品後に、次の案件が気になってそちらに取りかかってしまっていました。

 

上のほうで「記録しましょう」といいつつ、記録した「あとで読む」資料が読まれずにそのままになっていたりします。

「時間があるときにまとめて」といっていても時間は勝手に生まれません。

さらに、やはり記憶が新鮮なうちに自分で再度納得して「獲得した知識」にしておかないと、「前も出てきたのは覚えているけど、何だっけ?」と結局また調べることになってしまうからです(実際何度かありました)。

 

本当に納期が厳しいときは別ですが、通常、ちょっとダラダラしているような休憩時間を削っていけば半日程度は取れるはずなので、「納品後の知識の整理」を習慣付けていきます。

 

最後に

1年間仕事を続けていればそこそこ成長します。

が、2年目以降は漠然と仕事をしていても1年目と同じようには伸びていかないでしょう。

今はまず2社でうまく回していくこと、今年の売上目標を達成することを最優先に、着実にレベルを上げていきたいと思っています。

 

自分で仕事を受けるか受けないか決めて、スケジュールを決めて、目標を決めてそれを実行していく、というフリーランス翻訳者の毎日は、なかなか楽しいものです。

私は自分がこの世界に足を踏み入れる選択をしたことを今はベタ褒めしています。

これからこの仕事を始められる方も、1年後に同じような感想を持っていられたら良いなと思います。

POSTED COMMENT

  1. Kao より:

    asaさん

    とても参考になりました!
    そして、わかるなーと思いながら拝読しました。
    私も、1時間あたり200文字前後だとなんともいえない気持ちになります…
    そんな案件ほど、後から加速したりするのですけどね。

    私は今、特許以外の案件も翻訳しています。
    (特許が一番多いですが)
    明細書だと繰り返しの割合が全体スピードに大きく影響しますが、
    たまにやる中間処理書類や特許外のニュース翻訳などは全体がほぼ新規なので、また違った組み立てが必要だなと感じています。

    法律系は逆に繰り返し(というか定型)が多い印象です。

    とにかく色々、試行錯誤ですね!

    これからもお互いがんばっていきましょう!

    Kao

    • asa より:

      Kaoさん

      コメントありがとうございます!

      そうなんですよね。
      明細書全部が「苦行ゾーン」てことはまずないので、
      「もうすぐ光が見えるぞ~」と思いつつ進まない箇所を乗り切ってます。

      特許以外の案件は、確かに全くアプローチが違いますよね。
      並行していろんなジャンルの案件をされるのは大変だと思いますが、
      翻訳者としての幅は広がりますよね。
      (私は今他のジャンルを翻訳しても全部明細書っぽくなりそうなほど
      どっぷり浸かってしまってますからね・・・)

      何はともあれ、お互い頑張りましょう!