バイオ・医薬

医療用レーザー:波長と水の吸収率の関係を考える

 

2019/05/03追記:記事の内容について、こちらの記事に補足・訂正をしています。

 

ただいま、レーザーについて勉強をしているところです。

レーザーとは、光を増幅させて強いエネルギーをもつ光にする装置で、生み出されたレーザー光は機械加工、医療用途など様々な場面で使用されています。

レーザーには、その発振方法・増幅に使用する媒質・波長などによって様々な種類があります。

そのうち、波長による違いを学習しているときに、あることに気がつきました。

 

それは、「ちょっと変わったヤツの存在」です。

レーザーに用いられる波長は様々ですが、おおよそ200nm~1000nm程度の範囲に分布しています。

その中で10600nmという桁の違う波長の光を用いるレーザーがあるんですね。

下記の右端部分です。

(出典:TOWAレーザーフロント株式会社

他と比較して長い波長の光を用いるのは、何か理由があるに違いない。

どうしても気になる。

みんなから外れているやつは、なんか気になる。

ということで、今日はこの波長を使うレーザーについて「なぜその波長なのか」を追いかけた一部始終についてお話しします。

 

「変わったやつ」の正体は、炭酸ガスレーザー

光は波の性質を持ち、波長が短いほどそのエネルギーは大きくなります。

ということはこの10600nmの波長をもつレーザーは、普通に考えたら、他のレーザーよりとても弱いということになります。

弱いレーザー・・・例えば、医療機器であればじんわり皮膚を刺激する治療器具のようなものではないだろうか。

そんな「勝手なイメージ」も持ちつつ調べはじめました。

 

まず、この波長を用いるのは炭酸ガスレーザー(CO2レーザー)という種類の、その名の通り二酸化酸素を媒質として用いるガスレーザーの一種です。

wikipediaで炭酸ガスレーザーの用途の欄を見ますと・・・

炭酸ガスレーザーは高出力が可能であるため、産業分野では加工用として切断や穿孔を行うレーザー加工機、レーザー溶接が使われている。中出力では彫刻などに利用されている。出力波長が水に吸収されやすいことから、生体生体組織を扱う外科手術でもレーザーメスなどで用いられ、歯科治療、形成外科領域皮膚疾患(真珠様陰茎小丘疹の除去術、尋常性母斑などの皮膚上の突起物の除去に)利用されている。(wikipedia:炭酸ガスレーザー より)

高出力、切断、レーザーメス。

全く、「じんわり」なイメージとほど遠いですね。

私の勝手な推測は外れてました。

 

医療用途に限っていえば、レーザーメス、形成外科領域、歯科治療などに用いられるようですね。

なんとなく、体の奥深くにレーザーを当てて、というよりも体の表面での治療が共通項のように思われました。

そして、重要なキーワードはおそらくこれでしょう。

「出力波長が水に吸収されやすい」

 

えーっと。

なぜ、吸収されやすいのか。

そしてなぜ、出力波長が水に吸収されやすいと、これらの用途に使用されるのか。

残念ながらピンと来ませんでした。

水の吸収率が高いとは?

調べてみますと、確かに10600nmという波長領域は、水の吸収率が良い領域であることがわかりました。

(出典:文部科学省

では、水の吸収率が良くなると一体何が起こるのでしょう。

 

光が入射されると、その光は物体に吸収されたり、反射されたり、透過したりします。

この吸収、反射、透過する光の合計は、次の図のように入射光に必ず等しくなります。

(出典はこちら

つまり、吸収率が高ければそれだけ反射・透過する光は少ないということになりますね。

反射する光が少なければ、それだけ効率良く光のエネルギーを取り込めることになります。

そして透過する光が少なければ、表面ですぐさま吸収され熱エネルギーに変わり、組織内部へは浸透しないということになるでしょう。

 

これは例えば、ほくろ除去などでほくろの下の組織まで不必要に傷つけてしまうことがなくなるということで、そのためこのような用途では「出力波長が水に吸収されやすい」ことが重要になるのか、と推測しました。

さて、この推測は正しいのでしょうか。

 

例えば、とある歯科のウェブサイトには炭酸ガスレーザーの紹介としてこのように記載されていました。

「エネルギーが水分に吸収されるので、生体組織での吸収率が非常に高いのが特徴です。
これは、出血を伴わずに切ることが出来るということに繋がります。
そして、エネルギーのほぼ100%が組織の表面で吸収される「非透過性」レーザーです。
周辺組織へダメージがほとんどありませんから、熱傷害が深部に及ぶ危険性が少ないという利点があります。」(出典:若葉歯科医院

そして特許明細書にも同じような記述がありました。

【0004】
この高周波電気メスに代わる処置具として、生体組織の切開、止血、凝固及び蒸散に有効なレーザ光を利用した施術法が開発されている。特に炭酸ガスレーザ光は、生体組織や水に対する吸収率が非常に大きく、レーザ光が組織深部まで侵入せず、深部の正常組織に損傷を与えることなく、レーザ光が照射される表層部より順次切開することができるため、従来の高周波電気メスによる施術法と比較すると、過度の熱損傷を抑えて微小領域での施術ができる。(出典:特開2018-187213)

考え方としては、間違ってなさそうです。

 

だいぶ時間がかかりましたが、そういうことかと一つ納得しました。

吸収率、反射率、透過率の関係というごくごく基本のエネルギー保存の法則がとても大切だなと実感しました。

その他のレーザーの特性と比較してみたら、また見えてくるものがあるかもしれませんね。