前回、がんの治療方法についてご紹介しました。
内視鏡手術、分子標的薬、高精度放射線治療など、
がん治療はより患者の負担の少ない方法へと進化し続けています。
そして、全く新しいがんの治療方法も登場しています。
今日はその中のひとつ、「免疫チェックポイント阻害剤」についてお話します。
2つの免疫療法
免疫チェックポイント阻害剤と聞いて何を思い浮かべますか?
免疫のチェックポイントを阻害する?
チェックポイントって何だ?
阻害したら免疫が効かなくなるのでは?
この言葉を聞いても、何がどうなってがんを治療するのか、私はさっぱりイメージがつかめませんでした。
ひとつずついきましょう。
免疫というのは、体が体に悪いものを入れないようにする機能ですね。
くしゃみや咳、鼻水も異物を排除しようとする体の免疫反応の一種です。
がんも体にとっては異物です。
外部から免疫を活性化する物質を投与して免疫機能を高める、
これが、がんの免疫療法のひとつです。
「能動免疫療法」と呼ばれます。
今日のテーマの免疫チェックポイント阻害剤は、この「能動免疫療法」とは違う方法です。
がんに対する免疫機能が、あることによってその力を十分に発揮できない状態になります。
その「あること」を解消して本来の免疫機能を取り戻すための治療薬、
それが「免疫チェックポイント阻害剤」です。
免疫チェックポイント阻害剤は、ヒーローのリミッター解除キー
免疫チェックポイント阻害剤の仕組みについて知った時、
私の頭の中に浮かんだのは
「悪者に囚われたヒーローが解放されて悪者をコテンパンにやっつける」イメージでした。
なのでこのイメージで、お話を進めていきます。
あるところに、T細胞というとっても正義感が強くて悪い奴を次から次へやっつけるヒーローがいました。
このT細胞、とっても頼もしい存在です。
ただ、ひとつ弱点がありました。
それは、「あまりに正義感が強すぎて自分に少しでも許せないことがあると、自分自身を責めて傷つけてしまう」という性質を持っていることです。
この状態になってしまうと、ヒーロー本来の力が発揮できません。
なので、このヒーローが巻いているベルトには、PD-1と呼ばれる特殊な「リミッター」が仕組まれています。
もっとも、このリミッターはそのままでは作動しません。
ベルトの真ん中にリミッター作動キーである「PD-L1」という特別なキーをはめ込むことでヒーローT細胞の動きが抑制されます。
このリミッターシステムによって、ヒーローは行きすぎた正義感で自分を傷つけるのを防いでいます。
でもこれ、ちょっと頭のいい悪者なら悪用しますよね。
リミッター作動キーのPD-L1を偽造して、はめ込めばヒーローは動けなくなるのですから。
がん細胞という悪者はとても悪賢く、さらに運の悪いことにPD-L1を持っているがんがいました。
PD-L1をヒーローT細胞のリミッターに差し込めば・・・
能力を制御されたヒーローは本来の力を発揮できず、がん細胞はそんなヒーローを尻目にやりたい放題です。
この状態を回避して、ヒーローに悪者をやっつけてもらうには、リミッターシステムを作動させないようにすればよいわけです。
リミッターシステムは、ベルトPD-1に特殊なカギPD-L1を差し込むことによって発動します。
なので、PD-L1が差し込まれないように、先回りして他のものでベルトの差し込み口を埋めてしまえば、リミッターシステムは発動しません。
差し込み口を埋める「他のもの」、それが「PD-1阻害薬」と呼ばれる「免疫チェックポイント阻害剤」のひとつです。
チェックポイントというのは、上でいうとリミッターシステムのことですね。
あまり正確な例えではないですが、私はこのイメージで「免疫チェックポイント阻害剤」の仕組みが身近に感じられました。
免疫チェックポイント阻害剤のメリット・デメリット
免疫チェックポイント阻害剤は、冒頭でお話したとおり数ある免疫療法のうちのひとつです。
下記のように免疫療法には様々な方法がありますが、効果が明らかにされているものは免疫チェックポイント阻害剤のほか、能動免疫療法のサイトカイン療法などごく一部です。

(出典:キャンサーネットジャパン資料p.7)
中でもやはり、免疫チェックポイント阻害剤は開発が進められ、注目を集めるがん治療方法のひとつです。
では、免疫チェックポイント阻害剤による治療方法にはどのようなメリットがあるのでしょうか。
メリット
メリットはなんといっても、その延命効果です。
従来の化学療法よりも余命が伸び、がんの種類によっては治癒も望めるかもしれないというデータが出ています。
通常、抗がん剤を使用しても時間と生存割合を示した生命曲線は右肩下がりになります。
ところが、免疫チェックポイント阻害剤での治療は右肩下がりにならず最後に平行に近くなると報告されています。
次の図の緑色の曲線のイメージです。

(出典:キャンバス)
こちらの記事によりますと、アメリカでの追跡結果として、現在5年生存率が5%に満たないIV期の肺がん患者の生存率が、ニボルマブという免疫チェックポイント阻害剤を用いた治療によって5年生存率16%にまで高まったというデータが出ています。
まだはっきりとはわかりませんが、免疫チェックポイント阻害剤によって、従来治らないとされてきた進行がんが治癒する可能性があるかもしれないのです。
現在、より薬に効果のある人を増やすため、そしてより延命効果、そして治療効果を高めるために臨床試験が行われています。
デメリット
いいことずくめのような免疫チェックポイント阻害剤ですが、やはりデメリットもあります。
そのひとつは、副作用の問題です。
副作用は従来の薬物療法より少ないといわれていますが、疲労感や悪心、食欲減退などの副作用がやはり発生します。
そしてまだ新しい治療方法であること、そして体に本来備わっている免疫抑制の機能を解除して行う治療であることから、免疫関連の副作用(間質性肺疾患、肝機能障害など)が起こることも報告されています。
その他、非小細胞肺がん、悪性黒色腫など効果のあるがんが限られていること、薬価が高額であることなどもデメリットとしてあげられます。
まとめ
免疫チェックポイント阻害剤とは、
免疫機能を持つ細胞の働きを抑制しているリミッターを壊すことで免疫細胞にがん細胞を攻撃する力を与えるがんの治療薬です。
従来の薬物療法と比較して、生存率を大幅に向上させ得る治療方法です。
現在は他の抗がん剤や複数の免疫チェックポイント阻害剤を組み合わせる併用療法によって、より副作用が少なく、効果の高い治療方法が研究されています。
免疫チェックポイント阻害剤の開発動向に、これからも注目ですね。
主な参考資料
- もっと知ってほしいがんの免疫療法のこと(http://www.cancernet.jp/upload/w_meneki160212.pdf)
- 免疫療法 もっと詳しく知りたい方へ(https://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/immunotherapy/immu02.html)
- 免疫薬ICIで進行がんが治る!? 5年生存率 衝撃の米データ(http://medica.sanyonews.jp/article/9397/)
- 肺がん治療最前線 〜免疫チェックポイント阻害薬の登場でステージ4の進行肺がんに治癒の可能性も(http://gan-mag.com/lung/6180.html#i-5)
- 免疫療法で起こる副作用とその対応と対策(https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/info/seminar/2018/20190302/20190302_4.pdf)