イートモ

「treatment arm」から、訳語確定方法についてまとめてみた

医薬品の添付文書をもとに翻訳学習をしています。

日々いろんな気づきにぶち当たります。

今日は「treatment arm」という言葉の訳語確定にもたついたことから、

主に医薬分野での未知の用語の検索方法について再度まとめてみました。

訳語確定の何らかのヒントになれば幸いです。

 

treatment armとは

この記事に、「treatment arm」の訳語を求めて来てくださっている方のために先に訳語の候補を出しておきます。

治療群、投与群、治療アームなどが適切だと思われます。

 

新薬の臨床試験を行う時に、薬の効果を検証するため被験者を様々なグループに分けて試験を行います。

治療薬と従来より使用されている薬で分けたり、治療薬の投与量の違いでグループを作ったり、被験者の有している疾患やその程度でグルーピングをします。

通常は「group」という単語が使用されることが多いのですが、同様の意味で「arm」が使われています。

 

私は添付文書の翻訳中にはじめてこの言葉に出くわしました。

恐らく、治験文書を翻訳している、あるいは普段読んでいる方には辞書を引くまでもない「おなじみ」な言葉だと思います。

また、それほど検索が難しい単語でもないです。

 

ではなぜ、そんなに訳語確定にもたついてしまったのか。

次にその理由と、そこから学んだ現時点で私が思う「訳語確定に大切なこと」をお話します。

訳語確定に大切なこと1:辞書を信用しすぎない

今回の実際の文書はこちらです。

(原文はこちら・BMS社の抗凝固薬の添付文書です)

Non vascular death rates were similar in the treatment arms.

(私の訳:非血管性死亡率は投与群間で類似していた。)

 

未知の用語が出てきたら、まず「これってどういうことだろう」と推測をしますよね。

この文章は添付文書の臨床成績のパートの一部で、次の表の説明の一部です。

ELIQUIS(エリキュース)が今回開発した薬剤で、Warfarin(ワルファリン)は既存薬になります。

脳卒中のリスクを有する患者群で、ワルファリンに対するエリキュースの非劣性(劣っていないこと)の検証が本試験の目的です。

ここまでで、「treatment arms」というのは投与群のことを指していて、ここではそれぞれエリキュース投与群とワルファリン投与群のことを指しているんだな、とわかりました。

 

ここから、確認のために辞書を引きました。

複数の辞書をLogophileで串刺し検索にして、医療系辞書(ライフサイエンス辞書、南山堂医学大事典プロメディカ、バイオ・メディカル22万語など)の訳語を優先的に見ています。

treatment armでは当たらないのでtreatmentとarmでそれぞれ検索すると、ライフサイエンス辞書のEP WING版に次のような表記がありました。

(3) treatment arm (処置腕)
・in the treatment arm of the cohort (コホートの処置腕において)

ライフサイエンス辞書2018年版より

 

処置腕? 腕ってそのまま使うの?と思いました。

正直ちょっと、しっくりこないなと。

 

コホートというのは、追跡調査を行う対象集団のことを指す用語です。

例えばたばこを吸っている人と吸わない人の肺癌での死亡率を確かめるために追跡調査を行う際の、それぞれの集団のことを指します。

治験でのグループ分けとは少し意味あいが違うのですが、比較対照を行うグループという意味では共通しています。

 

ライフサイエンス辞書はかなり信頼しているので、「そういう言い方があるのか」と思い、”処置腕”でgoogle検索をして裏取りをしようとしました。

ところがこれが、全くヒットしません。

「腕の処置」に関するものばかりがヒットします。

 

やはり、「処置腕」ではないな。

どういう文脈でtreatment armを使っているのだろうか。

オンラインのライフサイエンス辞書にはコーパス機能がありますので、これを利用しました。

google検索で”treatment arm”でフレーズ検索して見ていってもよいと思いますが、コーパスの引用元がPubMEDなどの医学文献のデータベースなので、こちらの方が精度が高いのではないかと思います。

この検索結果から、「コーパス」画面へ遷移します(直接「コーパス」画面からでも検索できます)。

このように、検索結果が出てきます。(検索結果の一部です)

この結果をざっと見ていったのですが(結果の左端の数字をクリックすると、全文参照できます)、やはり「投与群」「治療群」の意味あいで使われていました。

 

ここから、googleで素直に「”treatment arm”  ”群”」で検索します。

すると治療群やら、投与群やらがヒットします。

例えば日本放射線腫瘍学会の用語集では「治療群」と使用されているのが確認できました。

「治療群」と「投与群」は同じくらいのヒット数です。

臨床試験の結果として使用されていること、他の会社の添付文書などでも「投与群」と使用されていることが多いことから、treatment arm =「投与群」としました。

 

今回、もともと正しい仮説を持っていたにもかかわらず、辞書の結果に惑わされてもたついてしまいました。

「多分こうだろう」という確信があれば、素直に原文と、推定した訳文をあわせてgoogle検索するのが一番速いなと改めて感じました。

 

ただ、全く推測できなかった場合はやはりまずは辞書に頼ると思います。

それでも、もちろん辞書では解決できないこともあります。

その時にどうやって検索したらよいのでしょうか。

今回の「treatment arm」を元にして、普段使っている別の検索アプローチについてまとめました。

 

訳語確定に大切なこと2:既存の対訳集を活用する

訳語確定には、やはり実際にその単語がどのように使われているかを見て、単語の意味をつかむのが一番だと思います。

上記のコーパスを使う方法、原文をgoogleでフレーズ検索する方法で原文を見てもよいのですが、それでも意味がつかめないこともあります。

 

こんな時は、その分野の対訳集があると心強いです。

私はイートモという医薬分野の対訳集を活用しています。

イートモは実際の治験関連文書から作成された対訳集ですので、今回の添付文書の翻訳でも、おおよそ類似の文章・表現があたるので助かっています。

 

例えば今回のtreatment armを検索してみます。

27件ヒットしましたが、このうち、「treatment arm」としては1件もヒットしませんでした。

ですが、ヒントはありました。

Finally, continuation of failing Drug A treatment in a control arm was not ethical due to the demonstrated lack of efficiency in this patient population.

最後に、この患者集団における有効性の欠如が証明されているので、無効な薬剤Aの投与を対照群で継続することは倫理的ではなかった

(イートモ ver 6.3より)

この文のarmはまさに、「群」の意味で使用されていますね。

このように、その分野での対訳集があれば使われ方とその訳例がわかります。さらにgoogle検索などで裏取りをしても、訳語確定までの時間はかなり短縮できます。

イートモについて興味があるかたは、公式サイト、または次の記事をどうぞ。

医薬英語対訳検索ソフト・イートモ 導入1週間時点での使い方こんにちは、asaです。 イートモを購入してから1週間・・・がまだ経過していないくらいなのですが、 既に「買って良かった!」と日々そ...

 

訳語確定に大切なこと3:「そのままカタカナにしてみる」という発想を持つ

「投与群」で確定してからふと思いました。

もしかしてそのまま「アーム」て使われているのではないかと。

 

実は過去も何度か、「そのままカタカナでいいもの」に対して、延々と適切な日本語訳を探すことがありました。

これは中国語でも同じで、案外中国語を日本語にそのまま(字体は中国語から日本語に変えて)検索すると、日本語でも同様に使われていることが多いです。

 

今回も実は、「治療アーム」「投与アーム」で検索すると、ヒット数としては「投与群」「治療群」よりも多くヒットします。

ただ、実際に薬事申請文書内にはあまり使われていないようでした。

 

薬事申請文書の英文和訳を想定しているので、実際の申請文書に使われているかどうかは訳語確定の判断要素にしています。

PMDA(医薬品医療機器総合機構)で公開されているデータベース上になければ、「あまり使われていない」と判断しています。

今回も全文検索で「アーム」を検索してみましたが、弓形の形状の意味のアームしかヒットしなかったため、使われていないと判断しました。

 

訳語確定に大切なこと4:画像検索を活用する

画像検索、活用していますか。

例えば体の部位とか、機器の部品の場所や形状を知りたいときに活用される方も多いと思います。

ですが今回のように未知の用語の意味を知りたい時にも画像検索がヒントになることもあります。

 

treatment armをフレーズ検索で画像検索した結果です。

(” ”で囲むフレーズ検索にしないと、「腕の治療」に関する画像が多くヒットしてしまうので、画像検索でもフレーズ検索にした方が必要な情報が得やすいと思います)

 

なんとなく、私の手元にある添付文書に載っているようなグラフや表が出てきました。

ここで左上にヒットしたグラフに注目してみます。

 

薬剤(リツキシマブ)と、プラセボ(治療効果のない偽薬)を比較した表ですね。

下の方に、「Distribution of EDSS scores at baseline (Week 0) by treatment arm.」の記載があります。

treatment armが薬剤とプラセボのことを指しているのだろう、ということはやはり投与群のことを指しているのだろう、と予想がつきます。

このように、画像検索から訳語確定のヒントを得られることも多いです。

 

訳語確定に大切なこと番外編:マイデータベースを活用する

今回、実は「辞書よりも先に検索すべきもの」の検索を怠っていました。

それが、知子の情報です。

「知子の情報」はテキストベースのデータベースで、私の受講している「レバレッジ特許翻訳講座」では必須ツールだと言われているソフトです。

テキストデータベース内に保管した文書を一瞬で全文検索してくれます。

 

今回も、実はtreatment armと検索したらヒットしたんですね。

次が現時点で「treatment arm」で検索した結果です。

下の2つはこの調査の後で追加したもので、2番目は今回の添付文書そのもののデータなので、実質ヒットしたのは一番上の1件のみということになります。

 

ただこの1件、ヒットしたのはとても大きいです。

なぜならそれが、ICHガイドラインという、薬事申請書類作成のためのガイドラインのひとつだったからです。

ICHガイドラインは、PMDAのサイトに日本語版と英語版で提供されています。

数が膨大なので全てではありませんが、重要なガイドラインを「知子の情報」へ放り込んでいます。

 

ちなみに放りこんだテキストの画面はこのようになっています。

URLは入れるようにしていますが、このようなデータに関しては中身はそのままコピペしているだけなものが多いです。

 

今回ヒットした文章の中の該当箇所を一部引用します。

An interim analysis is any analysis intended to compare treatment arms with respect to efficacy or safety at any time prior to formal completion of a trial. 

http://www.pmda.go.jp/files/000156905.pdfより

これに対応する日本語版を探すと、次のように記載されていました。

中間解析とは、試験が正式に完了する前に行われる有効性又は安全性に関する試験治療群間の比較を意図したすべての解析を指す。

https://www.pmda.go.jp/files/000156112.pdf より

ここからも、「治療群」と使われていることがわかります。

ガイドラインですので、信頼性は高いです(google検索などで裏取りはしますが)。

 

このように、いざという時に役に立つ、それがマイデータベースです。

 

マイデータベースの活用例をもう一つご紹介します。

全文検索ソフトを使用する方法です。

「知子の情報」は「知子の情報」内のテキストしか検索できません。

全文検索ソフトは、パソコン内に保存されたword、pdf、htmlなどさまざまな文書を横断検索するソフトです。

私は探三郎というソフト(フリーウェアです)を使っています。

以前、次の記事にて紹介したことがあるのですが、これは本当に便利です。

全文検索ソフト「探三郎」は使わないと人生損します「速い」は正義 全文検索ソフト、ご存知ですか。 wordでもpdfでもhtmlでも、通常使うファイル形式のものは 一括で検索してく...

 

今回、treatment armではヒットしませんでしたが、「アーム」について「治療アーム」の意味での使われ方がされているのかどうかを確認した際に、やはりいろいろとヒットしました。

探三郎の検索画面は、このような画面です。

黄色部分が、「治療アーム」の意味でのアームです。

治験翻訳の学習を始めたのは最近のことなので、日付順にソートしたら見つかりました。

ここから、「単アーム試験」「1アーム試験」ていう言い方もあるのだな、とまた少し深掘りすることができます。

「あとで見よう」と思って放り込みっぱなしの資料が多いので、意外な掘り出し物にあたることもしばしばです。

もちろん、訳語確定のヒントを得られることも多いです。

 

まとめ

ここまで、treatment armを題材にして訳語確定の方法についてお話しました。

現時点で思う、訳語確定に大切なことをまとめます。

  • 辞書を引く前に仮定のもとに検索してみる
  • 辞書を鵜呑みにしない
  • 対訳集を活用する
  • そのままカタカナにしてみる
  • 画像検索を活用する
  • マイデータベースを活用する

今回のtreatment armなどは、google翻訳でも正しく翻訳されますし時間をかけて悩む単語ではないでしょう。

ですが、本当に困る単語が出てきた場合、上にあげたプロセスの何かが参考になることがあるかもしれません。

 

どこから調べるかはケースバイケースですが、やはり自分の仮定が正しいかどうかで訳語確定にかかる時間は大きく変わると思います。

ですので、自分の頭の中のコーパスを強化することが訳語確定のスピードを上げる根本的な方法であるとは思います。

 

現時点でこの分野の訳語確定にとても時間がかかっているので、自分の備忘録も兼ねてまとめてみました。

参考になれば幸いです。