日本語と中国語。
中国語から日本語の翻訳をしていますが、
本当に似て非なるものだなと日々思います。
今日はCTとMRIという画像装置関連の学習をしていた際の気づきを中心に、
その違いに迫ってみたいと思います。
中国語になじみのない方にも、少し中国語を身近に感じてもらえたら幸いです。
Contents
同じ漢字だからこそ惑わされる
今私は医療翻訳をメインでやっています。
体の部位の名称など、日本語と同じように使用されているものも多いです。
漢字の字体は若干違いますが、中国語になじみがない方でもざっと見ればそれが脳の話しか、心臓の話しかくらいはなんとなく予想がつくと思います。
ただ、同じ漢字だからと思っていると、そこには落とし穴が待ち受けています。
まずは「小さめの落とし穴」2つご紹介します。
- 見た目同じ漢字だけど意味が違うもの
- 順番が微妙に違うもの
①については、例えば「肌」という字があげられます。
日本語では主に皮膚や表皮を表す言葉ですね。
中国語では、「皮膚」の意味もあることはありますが、一般的には「筋肉」の意味で使われます。
余談ながら、私はどうしても「肌」を見ると、皮膚を想像してしまいそれが誤訳につながりそうになったことがあります。
こういう個別の単語に関する癖は、私はJust Right!6という校正ソフトに登録して、「肌=筋肉、間違ってない?」とアラートが出るようにしています。
②については、例えば動静脈の名称があげられます。
頚動脈は、総頚動脈から途中で内頸動脈、外頸動脈に別れます。
これらの動脈、中国語で表記するとそれぞれこうなります。
- 総頚動脈 → 颈总动脉 (頚総動脈)
- 内頸動脈 → 颈内动脉 (頚内動脈)
- 外頸動脈 → 颈外动脉 (頚外動脈)
例外ももちろんありますが、中国語では「前後左右」の場所を示す言葉が動静脈の直前に来る傾向があります。
これらを全て校正ソフトに登録するのも大変なので、これは翻訳メモリと用語集(私はTradosを使っています)に登録することで対応しています。
焦っていると、そのまま「頸総動脈」としてしまいそうで怖いですからね。
CT・MRIの「造影」と「増強」
ここまでは、「小さな落とし穴」でした。
では、「大きな落とし穴」は何でしょうか。
内容を理解していないと、「日本語ではそぐわない中国語の表現をそのまま使用してしまう」ことです。
これについて、CTとMRIの造影・増強を例にしてお話します。
CTとMRIとは?
まず、CTとMRIについてざっくりと説明します。
どちらも「体の外から体の中の状態を見る」診断装置です。
作動原理が異なることで、それぞれ得手不得手があります。
●CT検査とは?
CT検査は、X線を用いています。
単純X線検査(レントゲン)と基本的な原理は同じです。
体の部位によってX線吸収率が異なることを利用して、白黒のコントラストをつけています。
例えば空気はX線吸収率が低いので黒く写り、逆に骨や石灰化した病変であればX線吸収率が高いので白く写ります。
それによって、病変の有無や状況を判断します。
同じようなX線吸収率の場合、コントラストがつきにくくなります。
そこで、「造影剤」というものを主に静脈から注入して、造影剤の行き渡った部分が白く写るようにして、画像を見やすくすることがあります。
造影剤なしの通常のCTは単純CT、造影剤を使用するCTを造影CTといいます。
●MRI検査とは?
MRIは日本語で核磁気共鳴画像法といい、「核磁気共鳴」という原理を用いています。
この原理について、ものすごくざっくりな説明をします。
体内の水素原子に特定の周波数の電波をあてるとそれまでバラバラだった水素原子は一斉に向きを変えます。
電波を切ってそこから水素原子がもとの方向へ戻る時間が、それぞれの物質によって異なります。
その戻る時間の差を信号として捉えて、画像化したのがMRIです。
MRIもCTと同じく、造影剤を用いることで画像を見やすくしています。
MRIの場合の造影剤の役割は、この「戻る時間の差(緩和時間)」を調整することです。
これによって、信号の強弱の差を変化させることができるので、結果として画像のコントラストが得られます。
造影剤なしのMRIは単純MRI(非造影MRI)、造影剤を使用したMRIは造影MRIと呼ばれます。
中国語と日本語の「造影」の違い
日本語では、造影剤を入れて造影することを、造影と呼んでいます。
これが中国語になると、「増強(增强)」となります。
増強CT、増強MRIのように使われます。
「造影剤」についてはそのまま同じく「造影剤」のほか、「対比剤」や「顕影剤(显影剂)」といった用語も使用されます。
これを見ると、「造影剤」については中国語も日本語も同じなので「造影剤」とすれば良いとして、中国語の「増強」も「造影」に置き換えればいい、と思いますよね。
ところが、そんなにうまくいかないこともあります。
これには先ほどお話しした、CTとMRIの原理の違いが関係してきます。
日本語の「造影」と「増強」の違い
CTとMRI、コントラストを高めるためにはどちらも「造影剤」を使用します。
造影剤によってコントラストがつくこと、またそれによって今まで発見できなかった腫瘍などが描出されることをCTでは一般に「造影効果が得られた」といいます。
これに対して、MRIでは一般に「増強効果が得られた」といいます。
この違いは、CTがX線吸収率の違いによって白黒の影絵を作っているのに対して、MRIは影を作っているわけではなく、信号の強弱によってコントラストがつく、という原理の違いによります。
信号を強めることで得られた効果なので、増強効果と呼ぶのですね。
もっとも、このあたりは日本語でも揺れているところがあり、MRI検査に対して「造影効果」という言葉を使用していることがあります。
日本語での「造影」「増強」については、次の記事が大変参考になりました。
正しく使い分けよう:造影と増強「造影と増強を考えてみましょう!(バイエル薬品)
この記事にも少し触れられていますが、MRI用の造影剤を「増強剤」とでもいえば、混乱しなくて済むのかもしれませんね。
中国語の「増強」=日本語の「造影」とはならない
中国語では、造影剤を用いたMRIもCTもどちらも「増強」で、
得られる効果についても、どちらも「増強された」という言い方をします。(実際には単に「強化された・されない」という表記が多いです)
先ほどみたように、中国語で「増強された」ものがCT検査の結果であればそれは「造影効果が得られた」と訳すべきですし、MRIならば「増強効果が得られた」と訳すべきだと考えています。
また、中国語ではCTでもMRIでも得られた所見を「影」という言葉を用いて表現します。
日本語の場合は、CTは「影(陰影)」という表記を用いますが、MRIは信号の強弱の違いなので「高信号を示す」「高信号領域」などのように、「信号」を用いて表現します。
これも、中国語の「影」をそのまま持ってきてしまうと日本語としては違和感がありますね。
ただ、日本語でも、コントラストをつけること自体はどちらも「造影」といいますし、「造影増強効果」なんていう悩ましい単語もあり、MRI・CTどちらでも使われていますので一概には言えない部分もあります。
それでも、CTとMRIの原理を知り、「この部分はCTとMRIのどちらを指しているのか」に注意して訳すことで、誤訳を避けられるのではないかなと思っています。
まとめ
今回はCTとMRI検査に使用される用語を元に、日本語と中国語の違いに迫ってみました。
日本語ではどちらも「造影する」といいますが、実際はCTの場合は影を作る「造影」を用い、MRIの場合は信号を強化する「増強」という意味で用いられています。
中国語では、どちらも「増強」といいます。
中国語から日本語に訳す際には、CTなのかMRIなのかを意識して訳し分ける必要がありますね。
同じ漢字、同じ姿だけどその背景にあるものは違う2つの言語。
そこに無限の楽しさが隠されているな、と日々思います。
asaさん
こんにちは。マイ・シルクロードです。
中国語と日本語の違いから見たCTとMRI、とてもわかりやすかったです!
asaさんが書かれている「落とし穴」、ほんとそうですよね。私もこの穴にはまりまくり、はまらなくてもよけるのに時間かかりすぎでございます。。。
その漢字が持つ意味がしみ込んでしまっている日本人だからこそ、ぶつかる難題ですね。
でもまたそれが面白いというか。中国語の絶妙な魅力ですよね。
asaさんが書かれる記事、これからも楽しみにしています!
マイ・シルクロードさん
こんにちは、コメントありがとうございます!
そうなんですよね。
日本人だからこそ引っかかってしまうところってありますよね。
翻訳していても、原文の表現に引きずられていることに
チェックの時に気づくことが多々あります。
話変わって、この間のマイ・シルクロードさんの
中国語の化合物命名法の記事、とてもわかりやすかったです!
「身バレ編」いいですね(笑)
確かに、中国語のほうがわかりやすい言葉って多いですよね。
これからも記事楽しみにしています!